
どんなときも
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taki
2008年09月27日 00:38 visibility55
今日は普段とちょっと変わった視点の日記を書きます。
歌手の槙原敬之さんの歌である
「どんなときも」について書こうと思います。
というのもこの歌の歌詞をきいたとき、
サッカー選手にとっても
大事な事を教えてくれているような
気がしたからです。
その内容はというと
「どんなときも どんなときも
僕が僕らしくあるために
好きなものは好きといえる気持ち
抱きしめてたい」
以前の日記にも書きましたが、
一流のスポーツ選手に共通することは、
そのスポーツへの愛情が半端なく強い人が多いです。
この歌詞は槙原さんが歌手を目指すにあたっての
自分の意気込みを表したものだそうですが、
彼の場合は大好きである音楽に対して好きといえる気持ち。
そしてサッカー選手ならサッカーへの気持ち。
分野は違えど共通するものだと思います。
続いて別の部分を見てみると
「どんなときも どんなときも
迷い探し続ける日々が
答えになること ぼくは知ってるから」
サッカーでもそうです。
サッカーには絶対こうすれば勝てる!
というものはありません。
しかしそれでもどうすればうまくなるか、
試合に勝てるかをいつまでも追求し続ける。
答えにないものを探し続けるということ。
それがサッカーにとっての「答え」だと
自分も思っています。
更に続けます
「消えたいくらい辛い気持ち 抱えていても
鏡の前笑ってみる まだ平気みたいだよ」
これはうまくいっていないときの状況です。
スポーツ心理学の考え方の中で
マイナスのシチュエーションのときに
プラスに考えられる性格になる必要があると
言われています。
選手も精神的に落ち込んでサッカーが
嫌になる時期もあるでしょう。
しかし鏡の前で笑う。
これはサッカーで言うなら
ボールを蹴って笑ってみる。
こういった解釈だと思います。
勝てなくて辛い、
いいプレーができなくて辛い、
そういうときにこそ
軽い気持ちでボールを蹴ってみる。
そしてサッカーって楽しいな。
自分はサッカーが好きなんだな!
そういった気持ちになる。
まだ自分は終わっていない!
と前向きな気持ちになって挑戦していく。
そう考えろという意味だと、
自分は考えています。
槙原さんは後に「世界に一つだけの花」
という素晴らしい歌を世に出した人ですが、
こういった歌詞をかけるところからも
充分それがわかる気がします。
良い歌詩は良いサッカーとも結び付けられる。
勝手に音楽をサッカーの異文化交流をして
自己満足をしている自分がいますが、
参考にしていただければ幸いです。
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- 事務局に通報しました。

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