【秘話】引退・片岡選手!ここだけの話
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隊長53
2006年10月13日 19:16 visibility429
片岡選手お疲れさまでした。
引退を記念して今だから言えるここだけの話です。
同志社大学3回生だった片岡選手。
当然主力打者として活躍してましたが、
問題は守備。
観戦中の同志社応援団および学生は、
彼の所に打球が飛ぶと、本当にヒヤヒヤでした。
同じく同志社には名手宮本選手(ヤクルト・現プロ野球選手会長)
がいたので比較すると余計に危なっかしく感じました。
当時、関西学生リーグは、
同志社と立命館の2強で
最終戦の同立戦(東京六大学で言う早慶戦)
で優勝が決まるという激闘を行っていました。
しかも春・秋の2期連続でそんな決戦をしてました。
同志社には、
日本代表エースでオリンピックメダリスト
杉浦投手(日本生命)、
立命館には、
オリックスからメジャーへ渡った
長谷川投手
がおり、
両投手の投げ合いは、
同立戦史上に残る名勝負でした。
プロ級の投手が投げ合うのですから、
並みの大学生では手も足も出ず。
後にプロ入りする片岡選手もさすがに、
この時だけはさっぱりでした。
そんな緊迫した1点を争う試合を
毎回繰り返していたので、
余計に片岡選手の守備力がクローズアップされて
しまっていたのでした。
そんな片岡選手が日ハム時代、
ゴールデングラブ賞を受賞した時は、
本当に驚きでした。
結局、その年の結果は、
春が立命館の優勝、
秋は同志社が雪辱を果たし優勝
でした。
秋は、その後、神宮大会と呼ばれる
全国大会が行われるのですが、
同志社大学は見事全国制覇、
日本一
となるのでした。
しかし、残念ながら、
神宮大会に片岡選手の姿はありませんでした。
大会前に謎の手骨折!!!
練習中にポキってやってしまったようです。
何故ポキってなったかの事の真相は定かではありませんが、
片岡選手らしいエピソードのようです。
せっかくの全国大会に直前で出れなくなるとは・・・
そんな片岡選手も4回生を終え5回生に・・・
いやいや、そんなことはどうでもよく、
4回生のシーズンを終え
ドラフトで日本ハムに指名されることに。
ついにあこがれのプロ野球選手になったのでした。
(学校の方も・・・無事にレポートを提出し、、、)
それ以降プロ野球での活躍はもう皆さんご存知ですね。
10・12引退試合でタイムリーヒット打った後の片岡選手
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