(小説)ある日の物語6

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    2011年12月03日 07:52 visibility125

電車を待っていた達也は、横に並んでいた青いスカートの女性に声をかけられた。
女性の方へ目を向けるとそこにいたのは、少し大人になっていた紛れもない里帆本人でした。

 

それは地元の駅で彼女を見送って以来、約3年半ぶりの突然の再会でした。

 

(え?なんでこんなところに里帆が?)

 

達也は突然の出来事に驚き、頭がパニックになった。里帆も達也を見つけてびっくりはしたとは思うが、達也に声をかけるまでにいくらか気持ちの整理をつけていたのだろう。
横にいたのが達也本人なのを確認すると冷静な口調で

 

「久しぶりだね」

 

と言った。

 

達也も返事をしたいのだが突然の出来事に脳からの伝達がうまく伝わらず

 

「あう、あう」みたいな、呂律が回らず赤ちゃん言葉のような返事になってしまった。

 

しばらく沈黙した時間が流れたが、おかげで少し落ち着けた達也は

 


「どこまで行くの?」

 

とやっと言葉が出てきた。

 

「新宿」

 

「そう」

 

「そっちは?」

 

「とりあえず・・・ ・新宿」

 

「なら一緒だ」

 

里帆は薄く笑った。

 

そしてまた少し沈黙している間に新宿行きの急行電車が来た。この駅からから新宿まで、急行なら20分足らずで着いてしまう。


咄嗟に

 

「次の各駅で行かない?」

 

と達也は里帆に言った。

 

それを聞いた里帆は何も言わず頷き、後ろのベンチに腰掛け、達也もそれに続いた。

 

そして、少し落ち着いた達也はあることを思い出した。それは、達也にはもしいつか里帆に会えたら、どうしても聞きたいことが一つあった。

 

それはなぜ、あの日から急に消えてしまったのか?
そして里帆もそれを聞かれるのは覚悟しているような顔をしていた。

 

先にそれを聞くべきか、それとも当たり障りのない近況を伝えながら話を盛り上げるか。

 

達也は前途を選んだ。

 

「あのさ」

 

「うん」

 

「あのさ、なんであの時・・・・」

 

そう言って里帆の方を見た達也は、里帆の少し悲しげな顔を見て考えを変えた。

 

「いや。もういいか、それは」

 

「うん。もういいよ、それは」

 

里帆は3年半前、あの駅で最後に握手した時と同じような、少し寂しそうな顔をして言った。

 

少し、また沈黙した。

 

「ねぇ?なんでこんなところにいたの?」

 

 

今度は里帆が達也に聞いた。

 

「あぁ。ここにボクシングジムがあって、そこに呼ばれたんだよ」

 

「ボクシング・・・・へぇ。それでここに通ってるの?」

 

「いや、通ってるのは五反田だけど」

 

「五反田か、エッチな街だ」

 

 

里帆が少し笑った。

 

「健全だよ。そっちは。なんで?」

 

「私は・・・ ・今ここにいるから」

 

「そうなんだ」

 

そしてまた、しばしの沈黙のあと・・・・

 

「なんでボクシングやってるの?」

 

「お前のせいだよ」

 

「え?なんで?」

 

「なんでって・・・ ・うまく言えないけど、お前が頑張ってるからさ。俺も何かやらないとと思って」

 

里帆の「なんでボクシングやってるの?」という問いに対しての正確な答えではないけど、なんとなく里帆には達也の伝えたかったことが伝わったみたいだった。

 

里帆も亜美も裕司も、彼らはみんな芸能人だった。

 

そして特にこの頃の里帆は、映画・ドラマ・CMと結構活躍しており、不意にテレビ画面に里帆が現れることも珍しくはなかった。

この3年半もの間、達也は里帆と会うことはなかったが、テレビで里帆を見かける度に、自分もこのままじゃいけないなと思うようになった。もう自分が里帆と会うことはなくても、それでも少しでも自分を磨いて、里帆に対しても恥じない自分でいようと。里帆に会えなくなって、自分を傷めつけたいという思いもあったが、厳しい世界に自分も身を置いて、自分自身が成長出来るようにと始めてみたのがボクシングだったのだ。

 

 

「そうなんだ」


「そうだよ。そのせいで鼻も少し曲がっちまったし」

 

「え?そう?」

 

「そうだよ。ほら」

 

達也は里帆に、パンチを打たれたせいで少し曲がってしまった達也の鼻筋を見せた。

 

「あ、ホントだ。少し曲がってるね」

 

里帆は達也の鼻筋を指でなぞりながら、今度は寂しくない笑顔で笑った。

 

「でもいいじゃん、そういうの」

 

「鼻が?」

 

「鼻じゃなくてさ」

 

 

里帆は笑いながら

 

 

「そういうのだよ。なんかいいじゃん」

 

今度は里帆が言わんとすることが達也には分かった気がした。

 

しばらくして

 

「私ね、あれから一度、あの店に行ったんだよ」

 

「え?いつ?」

 

「5月。だったかな?」

 

「あぁ。もうその時は辞めてたな」

 

「うん、店長がそう言ってた」

 

「その頃って、まだあのマンションにいたの?」

 

「あそこはあの日が最後。あなたと一緒にいた日」

 

 

当時、里帆達が所属していた芸能事務所からあてがわれていたあのマンションの部屋は、あの日を最後に里帆と亜美は別の場所に身を移すことになっていたらしい。

 

「そうなんだ。だけどそれならそれで教えてくれれば良かったじゃん、あれからこっちは地獄だったよ」

 

「うん・・・・」

 

「でも、なんで、もうあそこにはいないのに店に行ったの?」

 

「さすがにちょっと達也くんに悪かったかなと思って・・・・」

 

「その為だけに?店に電話して聞いてから行けば良かったじゃん」

 

「うん。でも会えなくてもいいかなと思ったし、会ったら言わなきゃなと思ったし・・・ ・そんな感じ」

 

「なんだそれ」

 

達也はそうは言ったものの、里帆の気持ちは分かったような気がした。

 


「今日はこれから仕事?」



 

達也は話を変えた。

 

 

「ううん、休み。今日は私の誕生日だから友達がお祝いしてくれるんだって」

 

「じゃあ今日で・・・・」

 

「20歳」

 

「おぉ!それは!おめでとうございます」

 

「これで堂々と飲めるわ」

 

その日は里帆の20歳の誕生日だった。

 

しばらくして各駅列車が来た。各駅のせいか車内は空いていて、2人は横並びに座った。

 

「今、彼女いるの?」

 

「いるよ。そっちは?」

 

「うん、いる」

 

誕生会にはその彼氏に加えて、亜美も来るという。

 

「達也くんも来る?」

 

 

「ん~。いや、やめとくよ」

 

 

「そっか」



里帆とももう少し一緒にいたい思いはあったし、久しぶりに亜美にも会いたいと思ったが、今の里帆の彼氏の顔は見たくないなと達也は思った。

そして、それからも少しお互いの近況を話しているうちに、電車はあっという間に終点の新宿に着いてしまった。

 

東口を出るという里帆と、JRに乗り換える達也はその分岐点まで2人でゆっくりと歩いていった。達也は里帆の連絡先は聞きたかったけど聞いたらいけないような、微妙な気持ちで迷いながら無言で歩いていた。

 

すると、この重い沈黙を破るように

 

「ねぇ、今度私に手紙書いてよ」

 

と里帆は達也に言った。

 

「手紙?」

 

 

「そう、手紙。書いてよ、私に」

 

 

「あぁ。事務所にファンレターみたいな感じで?」

 

 

「違う違う、私のうちに。ちょっと待って」

 

 

そういって里帆は自分が持っている手帳に今の自分の住所を書き込んで、そのページを破って達也に渡してきた。携帯番号やメールアドレスではなく・・・・

 

 

そして人波が分かれる分岐点まで来た。



「じゃあ、私向こうだから。ここで」

 

そう言って里帆は、あの日と同じように右手を達也に差し出してきた。人でごった返す新宿駅構内で、通りすぎる人達が不思議そうに里帆を見る人が少なからずいた。

そしてあの日と違うのは、今日の里帆は笑顔だったことだ。

 

 

いろいろな思いが去来して、そして里帆の笑顔を見て、何だか達也は泣きたくなった。

 

 

でも泣いたら負けだと思った。

 

「おう。またどこかで」

 

そういって、笑顔で里帆の手を握った。

 

 

里帆はそこからまた優しく、達也の手を握り返してきた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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