ノンフィクション

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    2010年08月27日 13:47 visibility262

ある人物の話。

中学卒業後、進学せずにプロボクサ-を目指した彼。

彼は私より4つ年下の選手だった。

目指すは世界チャンピオンですと目を輝かせて語る彼を私は素直に応援していました。

私とは比べものにならない才能の持ち主で、スマートでイケメン。
自らの素質に慢らず努力も人一倍していた。

のちに魔裟斗の指導者として名を馳した飯田トレーナーも彼の才能を認めていた。

16歳で彼はアマチュア全日本選手権を制してしまう。とんでもない奴だなとジムの誰もが思っていたし、プロでも間違いなく世界を狙える逸材だと思われていた。

彼は素直で礼儀正しく、少年にして既に人間としての素晴らしさを兼ね備えていました。

そしてプロ指向の強かった彼は17歳でプロに転向。

プロ入りしてからも危なげなく4戦4勝。
少なくとも日本タイトルまでは一度も転けずに行くだろうと思われていました。

迎えたプロ5戦目、ジムの会長は彼がこの先、プロのリングで生き抜く為には色々なタイプの選手とやっておいた方がいいと少し変則的な選手を相手に選びました。その選手はプロの全日本新人王を獲得したばかりで戦績も素晴らしい選手でしたが、彼がこのレベルで負けるとは誰も思ってませんでした。

試合が始まると大方の予想通り、彼はスピードで相手を翻弄し、見る見るうちに相手の顔は赤みを帯びてきました。
その相手も野球でいえば岡島のあっち向いてホイ投法のように下を向きながらパンチを放ったり、なるほど変則的な選手だなと思わせましたが彼は完全に相手のパンチを見切っていました。
2R終わった時点で彼は相手のパンチを一発も貰わず、試合の興味は勝敗ではなく彼が相手をKOするか判定まで行くのか、の一点に絞られる程の一方的な展開でした。

しかし3Rに入ると少し様相が変わってきました。彼のスピードに慣れてきた相手が少しづつ肉薄するようになり、浅いながらも相手のパンチがヒットするようになりました。

正統派で綺麗なボクシングスタイルの彼はいわば教科書のようなスタイルなので、プロキャリアのある相手にとってはスピードに慣れて来たら、むしろ崩しやすかったのかも知れません。
追い上げムードにさらされた4R、ついに相手は彼に右ストレートを命中させました。
おそらくこの一発は、プロ・アマ通じて彼が初めてまともに食らったパンチだったと思います。そしてこのパンチで、彼は肉体より精神的にダメージを受けてしまい、弱気な表情を露にし、逃げ腰になった彼は試合を判定まで逃げ込ます事が精一杯でした。

「勝者!青コーナー、内藤大助!」

判定は大差でその相手、内藤大助を支持していました。

「あの〜。相手はアマチュアのチャンピオンだったんでびびってましたけど、皆さんの応援のおかげで勝てました、ありがとうございました〜」

12年前の内藤は当時も今と変わらぬ内藤でした。

一方、よもやの敗戦を喫した彼はその後、精神的にも切れてしまったのか、練習にもろくに来る事なく、組まれた試合も惰性でこなして連敗。

 

結局、4勝3敗の戦績を残し、20歳でリングを去りました。


若かったといえばそれまでですが、のちに世界を獲るような選手に負けたのだから仕方ないと割り切る事は当時の彼には到底無理だったのでしょう。

去る者は追わないのがボクシング界。
何より心の折れてしまったボクサーが勝ち抜けるほどプロのリングは甘くはない。

 

素質を惜しまれつつ彼は消息を絶ち、ジムの人間もいつしか彼を話題にする事は無くなりました・・・




 

 

 

 

 

 

 

続く

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