横浜高校初出場時の残像

人生、そしてLaBOAで御師と毎日拝んでいる

鶴丸大先生の甲子園で試合ができなかった高校(水戸工業、武生高校)で1963年第45回大会に横浜高校が初出場したと言うことに触発され少しばかり横浜高校について書いてみょうか?と思い携帯を取りました。

(ペンを取るとか?筆を取るとか?と言えば格好良いが、それでは中条きよしになりますので!)

 

選抜大会も制し今では神奈川県の強豪、いや全国の強豪のトップクラスに君臨する横浜高校、その横浜高校が初出場した大会が第45回全国高校野球選手権大会(記念大会)でした。

 

この大会は横浜高校は好守にまとまりを見せ

神奈川県大会を勝ち上がる。

2回戦 8-2 相洋

3回戦 11-1 小田原城東

準々決勝 2-0 南

準決勝 鎌倉学園 8-4

決勝 慶応 5-3

とな、り甲子園初出場を成し遂げた。

井上→寺崎のバッテリーで打線も慶応に14安打を浴びせた。

 

甲子園でも

2回戦 3-1 若狭

3回戦 3-2 中京商業

準々決勝 2-1 高田商業

準決勝 0-5 明星と大健闘した。

 

横浜高校と言えば私の記憶は、第45回選抜大会のあの宇宙人のように飄々と投げた故永川英植投手で、広島商業を破り頂点に立った時からの記憶しかないが、その前にも初めから甲子園で強豪ぶりを発揮していたのは驚きであった。

 

それにしても井上投手の帽子は、どう見ても学生帽にしか見えないのは私だけ?であろうか?

 

 

 

 

 

 

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