僕の愛するユニフォームたち 第6回 京都大学

 


 


 1898年創部の名門です。


 


 僕が大学野球を好きになるきっかけを作ってくれた大学です。


 


 僕が小学校6年生の時に京大野球部のエースで四番打者だった沢田誠選手(後に京大監督)がドラフト候補として注目を集めました。


 


 「こんな難関校で野球をやって、プロになれるぐらいすごい人がいる!」


 


 僕は衝撃を受けるとともに憧れを抱きました。


 


 その後、僕は野球部に所属することはなかったのですが、高校で運動部に所属している頃、部活と勉強の両立に悩んだ時は沢田選手の存在を思い出して励みにしていました。


 


 さて、ユニフォームですがまず目を引くのが帽子の「DB」のマークです。


 


 何の頭文字なのか分からなかったのですが、スクールカラーの「Dark Blue」の頭文字だそうです。


 


 もちろんユニフォームにはダークブルーが配色され、気品ある印象になっています。


 


 胸の「KYOTO」は花文字。


 


 袖には有名な楠のシンボルマーク。


 


 伝統を感じさせるスタイルですが、決して不変のスタイルというわけではなく、上衣はダークブルー一色に白で「KYOTO」と入っていた時期もありました。


 


 僕が好きなのは今のスタイルです。


 


 京都大学野球部の歴史を少し見てみたいと思います。


 


 戦前からの流れを汲む旧「関西六大学野球連盟」に長く所属していましたが、関西での大学野球の隆盛に伴い、1962年に旧「関六」の下部リーグとして「京滋大学野球連盟」、「阪神大学野球連盟」が発足。


 


 京都大学は「京滋」で旧「関六」復帰を目指す時代が続くことになりました。


 


 1963年春から8季連続優勝という快挙を成し遂げたこともある京都大学ですが、旧「関六」復帰の悲願は叶わないまま迎えた1982年。


 


 この年、関西大学、関西学院大学、近畿大学、同志社大学、立命館大学そして京都大学の6校で「関西学生野球連盟」が発足。


 


 以後、このリーグは関西における大学野球の看板リーグ的な存在として続くに至っています。


 


 京都大学は5位が3度あるものの大半が最下位の戦績。


 


 しかし、熱心なファンの声援を受け、熱い戦力を持つ他の5大学に健闘しています。


 


 球場に駆けつけるファンのためにも初の4位、そして上位を勝ち取って欲しいものです。


 


 















































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