野球読書日記「敗れざる者たち」

  この本は高校3年の初夏に買いました。もう29年間も本棚にあります。

 この本はスポーツ選手を取り上げた6つのノンフィクション作品から成り立っています。

 野球を題材にした作品は2つ。読売ジャイアンツに同期入団した3人の内野手それぞれの生き様を描いた「三人の三塁手」と、生涯打率.298を誇る大打者ながら球界から遠去かった人物「E」に光を当てた「さらば宝石」です。

 私は「さらば宝石」の方が好きです。

 バッティングを極めるために血の滲む様な努力を積み、打撃タイトルを獲得しながらも、必ずしも周囲から理解されず、やがて愛着あるチームからも追われてしまう悲劇。そして引退後もなお身体を鍛練することを止めないストイックさは、それを知った者から「奇行」の声が聞かれる始末。

 全ては理想のバッティングを追求するための対価だったのかも知れませんが、余りにも犠牲にしたものは大きかったのではないでしょうか。少なくとも私にはそう思えてしまいます。

 「E」のバッティングを追い求める姿勢はこの様に描かれています。

 

「Eにとってバッティングとは、まさに『道』と呼ぶに相応しいものだった。それは他人に容易 に理解できるものではなかったろう。オリオンズ担当記者の高山智明は、かなり親しくなったあとで、Eがよくこう呟いていたことを記憶している。

《体が生きて、間が合えば、必ずヒットになる》

会心のミートで飛んだ打球が、記録上のヒットになるか野手の正面をつくかは運の問題だ。そ して、それはさして重要なことではない、とは考えていた。ダッグアウトの中で、四打数三安 打なのに《四のか》と呟いたり、四打数ノーヒットなのに《四の四だと喜んでいるEを、オ リオンズのナインはよく見ている。彼にとっては、テキサス安打やコースがよく転がって外野に 抜けた安打など、ヒットではなかったのだ。『体が生きて間が合ったものだけが、彼の心の中 の、真のヒットだったのだ。』」(217~218頁)

 

 感覚を研ぎ澄まし、結果を問わず、完璧なライナーを放つことに無上の喜びを見出だした「E」の姿が目に浮かぶ様です。

 そしてこの作品の題名がなぜ「さらば宝石」なのか。最後にそれが明かされる時、この作品を読んだ自分自身がかつて追いかけた夢や理想に納得できる形で別れを告げられたかという自問をせずにはいられなくなるのです。

 素晴らしい一冊です。

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