野球読書日記「スーパースターの涙」

  今日は少し趣を変えて、本一冊まるごとは紹介致しません。

 ある本に収められた一つの章を取り上げたいと思います。私はその本の題名があまり好きでないので敢えてここで挙げませんが、作者は織田淳太郎さんです。

 「スーパースター」とありますが、誰もが知っている日本プロ野球の象徴の様な方です。

 その人の人格を書き表すと次の様になります。

 

「野党紙"や週刊誌が王の采配や監督能力を巡る批判を展開するようになった。相変わ らずのワンパターン采配を揶揄し、苦悩を物語る眉間の皺を嘲笑した。

王には悲壮感が漂っていた。いかなる批判に対しても、自分の方針を貫く頑固さを持 ち合わせていた。最後の可能性の灯が消える瞬間まで、力を緩めるつもりもなかった。 正攻法こそが、彼の生き方だった。

王は萎えかけている選手にプロ意識を植え込み、チームの志気を高めようと必死になった。

負け試合のときは、ナインに外出禁止令を出した。夏場に入ってからは、連夜のミ ーティングも行うようになった。王は終始、ナインのやる気を促した。名指しで選手個々 の弱点を指摘することもいつものことだった。

った。

ナインにとってはストレスの溜まる毎日だった。分かり切ったことをクドクドと指摘 され、試合に負けると、暗い心を引き摺ったまま宿舎に閉じ籠もらなければならない。

王のやり方はナインと一部のコーチの不評を買った。彼らはそれぞれの不満を親しい 報道陣や関係者に漏らした。不満は週刊誌月刊誌にも伝わり、マスコミの王批判は過 熱した。それはしだいにエスカレートすると、「王バッシング」としてのカラーを有し 始め、ファンにも伝染した。

負け試合になると、スタンドから口汚い怒声が飛んだ。 『王、バカ野郎! お前なんかやめちまえ!』

中には人間性まで否定する痛烈な罵声も混じっていた。 王は逃げも隠れもしなかった。裏口から逃げるように姿を消す監督が多い中、ファンの怒りを背に受けながらも、正規の通用門から堂々と球場を後にした」(269~270頁)

 

 そうです。王貞治さんのことです。王貞治さんの巨人軍での最後の日々について書かれているのがこの作品です。時代で言えば昭和63年秋です。

 よくもここまで情報や証言を集めたもんだと唸らずにいられないほど細かく、丹念に王さんと周囲の人々の動静を綴り、監督として奮闘した王さんの姿を浮き彫りにしています。

 東京読売巨人軍はとても注目度の高い組織です。その監督となると一挙手一投足を報じられるのは宿命です。王さんだけでなく、王さんの前に監督を務めた方々も、王さん以降にその重責に就いた方々も夜も眠れない程のストレスを抱えて采配を振るったことでしょう。

 我々が王さんをはじめとするプロ野球監督に共感し、時に自己投影できる理由は、報道を通じて「あ、プロ野球監督のあの人も組織人として、我々と同じ様な悩みを持って生きているんだなぁ」と思えるからではないでしょうか。

 思うに、昭和の時代、多くの人は、愚直なまでに努力を払い、逆境に耐え、人前で姿勢を崩さない王さんに自分自身を重ねたのではないでしょうか。

 

 巨人軍を去った王さんが7年の雌伏の後、福岡の地でホークス監督として再起したことを我々は知っています。この作品が初めて世に出たのは平成9年とありますので、まだ王さん率いるホークスは優勝を果たしていません。

 その後、王さんはホークス監督としても、WBC日本代表監督としても優勝を飾られました。巨人軍監督としての悔しい日々は血肉となり栄光に結実したのです。

 人間の狡さ、組織の冷たさに読んでいて落ち込む様な作品ですが、時の経過とともに古酒の様に味わいを変えた本物のドキュメンタリーと言えるのではないでしょうか。

 

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