
TBC代表日記 ~Follow your dream~ vol.3
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パイ助
2010年12月26日 03:13 visibility120
TBC代表日記第3段です!
日記というより、カズの伝記みたいになっていますが続けさせて下さい!!
~KAZU衰退編~
日本はアメリカ・ワールドカップに出場を果たせなかったものの、世界の舞台へあと一歩と迫った。さらにJリーグの絶頂人気もあり、日本人のサッカーに対する関心度は格段に上がっていた。
「フランスへ行こう!」
ドーハでの傷が癒えはじめた頃、サッカー関係者の間では次のワールドカップ開催国である「フランスへ行こう!」が合言葉だった。日本のサッカーが軌道に乗り始めた時、カズは再び自らのもう一つの夢を追いかける。
当時世界最強リーグと謳われていたイタリアセリエA、ジェノアへのレンタル移籍を実現する。これはアジア人では初となる快挙であった。開幕戦ではACミランの英雄、バレージとの接触で鼻骨骨折と眼下系神経を損傷してしまい、戦線離脱を余儀なくされてしまう。
復帰後のサンプドリア戦で初ゴールをあげたものの、チェコスロバキア代表スクラビーなどの強力なライバルの活躍もあり、徐々に出場機会を失っていった。一年間のレンタル期間を終えてカズはヴェルディに復帰。(カズにはトリノFCやスポルティングからもシーズンオファーが来ていた。)
その後、1995年は2ndステージからの復帰で得点ランキングの上位に入り、また1996年には得点王になるなど活躍したが、1997年頃から得点数は減少。チームも年々勝てなくなっていった。
97年フランスW杯アジア予選でもエースとして活躍し、最終予選ウズベキスタン戦では脅威の1試合4ゴール。 しかし、その後怪我などにより、調子を落としゴールを奪えないエースに不要論がでる。第三代表決定戦のイラン戦では、途中交代させられるが日本代表はW杯初出場を決める。
カズは日本代表候補25人の中に入るが、スイス・ニヨンで22人のメンバーに入れず、最後の最後で、あれだけ熱望していたW杯のピッチに立つ事を絶たれてしまう。
カズは帰国会見で「代表の対する魂みたいなものは向こうに置いてきた、 別にサッカーが出来なくなった訳でもないし、ワールドカップが無くなった訳でもない。 また4年後に向けて頑張るだけです。」
「人生もそうだけど、サッカーはこれからも続く。サッカー人生でやり残したこともあるので、前向きに目標を持って頑張りたい」
カズはこの帰国会見を終えた足でグラウンドに向かい練習を再開している。
カズの日本代表への熱い想いへのエピソードがある。
毎回、代表に召集されるたびに、「これが最後かもしれないから」と、代表ユニホームをもらって帰っていた。そんなカズに、用具係の人が、 「(カズさんならわざわざ持って帰らなくても)次に来た時、渡しますよ」 と、軽い気持ちで言った時、カズは即座に言い返した。
「……次の保証なんか、オレたちにはないんだ!」
~クロアチア・Jリーグ復帰編に続く~
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