★ラストイニング9(最終回)★

  • 鷹乃廉
    2009年05月15日 13:16 visibility697

激しい激突、右肩に激痛が走る。


足元には潜り込めたが身体の右半分は完全にブロックされ、伸ばした左手もボールが収まったキャッチャーミットによって本塁上で完全に押し潰されていた。



その時、球審の腕が水平に開いた。


「セーフ!!」


俺の渾身のヘッドスライディングはキャッチャーの堅固なブロックの隙間を潜り抜け、左手中指の先2cmだけホームベースに触れていた。


たった2cm。この僅かな距離のためにどれだけの練習を重ねただろう。


夢が届いた――


 

俺はホームベース上で小さくガッツポーズ。


狂喜乱舞する味方ベンチとスタンド。


まるで地鳴りのような大歓声だ。


逆側からは悲鳴と溜息が聞こえる。


誰が何を言っているのか全くわからない。


それ程までに場内は騒然としていた。



最終回、絶体絶命の境地から同点に追いつき狂喜する3塁側。


勝利を目前にして同点に追いつかれ落胆する1塁側。


誰もが冷静ではなかった。


まだプレーが続いていたこの瞬間も――


 

ヒットを打ったキャプテンは俺が本塁を陥れている間に、2塁まで進んでいた。


ここまでは良くあること。


本塁でギリギリの攻防が行われている以上、それ以外の打者走者に注意が向かなくなるもの仕方がない。


 

しかし、キャプテンは二塁ベースをも蹴り、三塁へ向かい走り始めていた。


明らかに無謀。無茶な走塁だ。


第一、相手の守備が気が付かないわけがない。


「走った!」


「投げろ!」


「キャッチャー!」


相手セカンド、ショート、サードが大声でそう叫んでいる様に見えた。


いつもの練習試合ならば、難なく気付いたことだろう。


しかし、この大歓声では、もはや声によるコミニュケーションは不可能であった。



キャッチャーがそれに気付いたのは数舜後。


 紙一重ではあるが、投げればまだアウトのタイミング。

それが彼を焦らせた。


ホームベース上、彼の足元にはまだ俺がいる。


追いつかれはしたが二死、後続を打ち取り延長戦へ。


相手としては、本来ならば無理して送球する必要のない場面だ。


だが、投げればアウトにできるかもしれない。



冷静さを欠いた送球だった。


体勢不十分なまま慌てて三塁に投げた彼の球は、大きくファウルゾーンへと逸れて行く。


相手サードが懸命に捕りに行くが、ボールに触れることは出来なかった。


レフトファウルゾーンを転々とするボール。


レフトが懸命にカバーに走るが、その背中には悲壮感が感じられる。


 

三塁を回って俺の方に向かってくるキャプテン。


レフトがようやくボールに追いつくが、今キャプテンがホームベースを踏んだ。


逆転サヨナラ――


歓喜のあまりベンチから飛び出してきたチームメイトが俺とキャプテンを圧快する。


勝った!!




負ければその時点で終わってしまう夏。


九分九厘負けていた。


だけど、諦めなければ何かが起こる。
奇跡を起こすまで諦めない。


俺たちの夏はまだ終わらない――(著者・鷹乃廉 完)

chat コメント 

コメントをもっと見る

通報するとLaBOLA事務局に報告されます。
全ての通報に対応できるとは限りませんので、予めご了承ください。

  • 事務局に通報しました。