激しい激突、右肩に激痛が走る。
足元には潜り込めたが身体の右半分は完全にブロックされ、伸ばした左手もボールが収まったキャッチャーミットによって本塁上で完全に押し潰されていた。
その時、球審の腕が水平に開いた。
「セーフ!!」
俺の渾身のヘッドスライディングはキャッチャーの堅固なブロックの隙間を潜り抜け、左手中指の先2cmだけホームベースに触れていた。
たった2cm。この僅かな距離のためにどれだけの練習を重ねただろう。
夢が届いた――
俺はホームベース上で小さくガッツポーズ。
狂喜乱舞する味方ベンチとスタンド。
まるで地鳴りのような大歓声だ。
逆側からは悲鳴と溜息が聞こえる。
誰が何を言っているのか全くわからない。
それ程までに場内は騒然としていた。
最終回、絶体絶命の境地から同点に追いつき狂喜する3塁側。
勝利を目前にして同点に追いつかれ落胆する1塁側。
誰もが冷静ではなかった。
まだプレーが続いていたこの瞬間も――
ヒットを打ったキャプテンは俺が本塁を陥れている間に、2塁まで進んでいた。
ここまでは良くあること。
本塁でギリギリの攻防が行われている以上、それ以外の打者走者に注意が向かなくなるもの仕方がない。
しかし、キャプテンは二塁ベースをも蹴り、三塁へ向かい走り始めていた。
明らかに無謀。無茶な走塁だ。
第一、相手の守備が気が付かないわけがない。
「走った!」
「投げろ!」
「キャッチャー!」
相手セカンド、ショート、サードが大声でそう叫んでいる様に見えた。
いつもの練習試合ならば、難なく気付いたことだろう。
しかし、この大歓声では、もはや声によるコミニュケーションは不可能であった。
キャッチャーがそれに気付いたのは数舜後。
紙一重ではあるが、投げればまだアウトのタイミング。
それが彼を焦らせた。
ホームベース上、彼の足元にはまだ俺がいる。
追いつかれはしたが二死、後続を打ち取り延長戦へ。
相手としては、本来ならば無理して送球する必要のない場面だ。
だが、投げればアウトにできるかもしれない。
冷静さを欠いた送球だった。
体勢不十分なまま慌てて三塁に投げた彼の球は、大きくファウルゾーンへと逸れて行く。
相手サードが懸命に捕りに行くが、ボールに触れることは出来なかった。
レフトファウルゾーンを転々とするボール。
レフトが懸命にカバーに走るが、その背中には悲壮感が感じられる。
三塁を回って俺の方に向かってくるキャプテン。
レフトがようやくボールに追いつくが、今キャプテンがホームベースを踏んだ。
逆転サヨナラ――
歓喜のあまりベンチから飛び出してきたチームメイトが俺とキャプテンを圧快する。
勝った!!
負ければその時点で終わってしまう夏。
九分九厘負けていた。
だけど、諦めなければ何かが起こる。
奇跡を起こすまで諦めない。
俺たちの夏はまだ終わらない――(著者・鷹乃廉 完)
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