
★ラストイニング6★
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鷹乃廉
2009年05月15日 13:12 visibility88
(窮地には変わりないが、仕事の時間だな。)
打席から投手の握る球の縫い目を確認できる眼を持ち、周囲の観察力と咄嗟の判断力を武器にする俺の専門は代打ではない。
本職は代走、「ランナー」なのだ。
入部したときから足の速さを買われ、自主練習でも走塁ばかりしていた。
あるときは、大胆かつ大きなリードで相手バッテリーの集中力を削ぎ、俺というランナーに注意、警戒を向ける。
またあるときは、小さなリードで相手を安心させ、その間隙を突いて次の塁を陥れる。
しかし9回2死、数段格上の相手に対する、この試合最初で最後の攻撃である。
この窮地を冷静に分析すれば、あまり無理はできない。
誰か一人でもアウトになった瞬間に、試合終了なのだから。
それでも点差はたったの1点。
俺がホームベースに触れたとき、この回での明法西園寺の負けはなくなる。
1点差で負けてはいるが、俺は貴重な同点のランナーになったのだ。
プレイが再開される。
気持ちを切り替え、一塁ランナーの俺は慎重にリードを取る。
いつもより少しだけ少なめに。
何といっても相手は球速147kmのピッチャーなのだから、牽制球も今までのピッチャーよりは鋭いはずだ。
1球目、予測通り牽制。
俺は一塁ベースに頭から滑り込む。
「セーフ」、一塁審の声が聞こえる。
ただ真っ直ぐにリードして戻るだけじゃない。
体は半歩ほどベースから遠い位置に引いてある。
ヘッドスライディングで帰塁しながら、ボールとは反対方向に体を逃がし、右手の中指で一塁ベースの角に触れる。
これにより、ボールを受け取ったファーストが俺にタッチするまでに、僅かな時間を稼げる。
この、ほんの僅か時間が、俺にとっては生きるか死ぬかのギリギリのプレイとなる。
0コンマ何秒の世界で勝負する俺にとっては―― ……
著者・鷹乃廉
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