
★ラストイニング5★
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鷹乃廉
2009年05月15日 13:11 visibility108
フルカウント、2ストライク、3ボール。
ストライクを取られれば俺はアウト。
逆にボールであればフォアボールで労せず1塁に進むことができる。
ここまでストレートを3球、変化球を2球見せてもらった。
今度はそのどちらが来ても対応できる。
しかし、大会屈指の豪速球投手である。
ウイニングショットはストレートに決まっている。
運命の6球目。
ピッチャーの足がいつもより高く上がったような気がした。
鬼気迫る形相である。
大会No.1の名は伊達ではない。流石に勝負所を知っている。
(負けるものか!)
俺も奥歯を食いしばり全ての神経をこの1球に集中した。
彼の右足がマウンドに着地し、続いて左腕から指先、そして渾身の光が放たれた。
瞬間、空気を切り裂くかのような、兇悪な尖球にスタンドから歓声が沸いた。
『球速149km/h』
霞ヶ丘球場バックスクリーンの電光掲示板にはそう記されていた。
まるで、白い矢か槍か、何か鋭利な物体が目の前をかすめたように感じた。
手も足も出なかった。
反応することすらできず全身は硬直したまま。
眼球だけがキャッチャーミットに収まったボールを見つめていた。
(今までは手を抜いていたのか……?)
先ほどまで打てると思っていたストレートは、最後の三振をとるための布石だったのだ。
完敗だった。が、審判の判定は――「ボール、 フォアボール!」
僅かにストライクゾーンを外していたようだ。
味方の3塁ベンチから、ようやく声が聞こえてきた。
「良く見た!」
「いいぞ鷹乃!」
俺は一命を取り留めた。
偶然とはいえ、何とかアウトにならずにすんだのだ。
その安堵感でそれまでの集中から解放されたせいか、一塁ベースに到着してようやく冷静になった。
もう一度、バックスクリーンの電光掲示板を見る。
9回裏2アウト。
「明法西園寺0−1東京一」
2アウトだった。
もし俺が三振ならその場でゲームセットだったのだ。
(全然大丈夫じゃなかったな俺……)
一塁ベース上で、ひとり軽く溜息をついた。 ……
著者・鷹乃廉
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