楽しみ追求型野球の苦労

楽しみ追求型野球をやっている草野球チームは少なくない。私の運営するチームはその形で14年間やってきた。今後もそのやり方を通していく方針に変更は無い。楽しみ追求型と勝利至上主義型チームを運営する際に、どちらが大変かと言うのは、大概の人たちは「勝利至上主義型チーム」だと言うだろう。勝利をもぎ取るのは、簡単ではないし、それを目標としている限り、妥協は許されない「ガチ野球」だからだ。

 

しかし、反論をするわけじゃあないが「楽しみ追求型」の野球は、プレイヤーが一つの方向性を見出すのに「無理と難しさ」がある。では私が問いたい。「楽しみ追求型野球」を具体的に説明して欲しい。おそらくであるが、こう説明する人が多いのではないだろうか。

 

「楽しみ追求型の野球は、いずれの試合においても勝利を最終目標とせずに、プレイヤー同士が協調して、楽しく野球ができることを最大の目的として野球をする形である。」なんと抽象的なのだろう。これを説明されて「わかりました。素晴らしい」と言う人の頭の中身を少々疑ってしまう。

 

私が思うに「楽しみ追求型のチーム」とは、プレイヤーが野球をすることに喜びを感じ、勝敗は単なる結果であると割り切り、それよりも多くの試合を消化して、その中で時運のプレーにおける技術の向上を一つの目標とし、協調性を持ってチームメイトと連携をプレーの中でとり、相手チームに対してもマナーある態度で接していく。野球を楽しむ術を知ると言うのが、この楽しみ追求型で、ただおふざけの野球をやるものではない。」

 

しかし、誰の目にも「楽しみ追求型野球」は「勝利至上主義型チーム」の比にならないほど「運営も楽」だと思われているきらいがあるらしい。では、やってみるが良い。人を一人チームに入部させるための大変さから始まって、グラウンド確保をし、既存のメンバーを含めて全員に連絡をつけ、対戦相手チームの代表者さんとの連絡をつける。派遣審判員の手配、ボールなどの備品管理、会計管理、助っ人調達などなど。これを全て完璧にこなしての試合当日を迎えるわけで、試合直前にメンバーが来なかったり、相手チームの方のメンバーが足りなかったり、助っ人さんが時間までに来なかったりなどと言う沢山の試合直前の問題が発生する可能性もある。そういうストレスを「野球が好きだから、即水に流せる。忘れられる。」と言うチーム責任者なんて皆無だろう。

そう、綱渡りのような中をかいくぐって試合ができていることを知るべきだろう。

 

 

実際の私はすごく短気な男だ。瞬間湯沸かし器みたいな感じもある。しかし、大学の4年間に武道の部に所属し、怖い先輩方に薫陶を受け、さらにはシゴキを受けて来ても退部もせず4年間を全うした自信が自分の気持ちの中にいまも息づいている。その時の厳しい時間が自分の自我を抑え、協調性を持って仲間と共に何かを作り上げるコーオペレーションを覚えさせられたと言える。今では、大学の部のOB会に出席すると自分自身があまりにも古い世代の先輩になっているが、それでも部を愛する気持ち、大学を愛する気持ちは現役に負けない。

 

仲良くやると言うのはなかなか簡単ではない。集団になればなるほど、そういう舵取りをすることの難しさに直面する。誰もが100パーセントではない。そして誰もがミステークをする可能性がある。だが、野球は本来楽しい物であり、チーム全体で喜べるものであることは間違いない。そして、今後も「楽しみ追求型の野球」がどういうものか分からないながらも追いかけて行こうと思っている。理由は、野球は楽しむべきスポーツだから。

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