野球読書日記「高校野球100年」

  この一冊、選手権が始まって100年の2015年に発刊された時に買いましたが写真はきれいでページ数も多いのに税抜1852円で意外に安かったのです。もっと薄い野球のムック本でも「これは高い。買えない」と思うことが多いので嬉しかったです。

 選手権が始まり間もない頃の記事の豊富な点がこの本の特色かと思います。まだ日本全体が貧しかった頃の大会。しかし選手も観衆も情熱は今と変わらず、いや、上回っているようにさえ感じます。

 戦後間もない頃の痩せた球児の写真は胸をうつものがあります。

 そして、連綿と続くスターの系譜。

 例えば松山商業高校と三沢高校が決勝で戦った1969年51回大会、松山商業井上明投手の記事はこう描かれています。

 

「井上は、無類の制球力が身上だ。練 習では、投げ込みが終わりに近づくと、 一色俊作監督が“仕上げの5球〟に目 を光らせる。ベースと打席のわずかな すき間に捕手が構え、そこへストレー トを5球、カーブを5球。それぞれ5 球を連続して決めないと、一からやり 直しだ。外角の次は、内角。すべてに OKが出て終わりになる。ときに夜中 の12時すぎまで投げ続ける日もあった。

 こうして針の穴を通すようにコーナ ーに決める訓練を重ねたから、1死満 塁で3ボールという崖っぷちでも、平 然とストライクを投げることができた のだ。もっとも、ピンチを切り抜けて ダッグアウトに戻ると、なぜか涙がこ み上げてくるほどの極限状態だった」(86頁)

 

 心身ともに発達途上で学業もある高校生が夜中の12時過ぎまで練習をすることはいつの時代であっても手放しで称えられることではないでしょう。しかし、18才の少年が極限状態で冷静に実力を発揮できることもまた驚きです。高校野球はまさに人格形成の場なのです。

 

 あと100年、今のまま高校野球が、甲子園大会が続くかどうかは分かりません。100年と言わずとも、10年後の高校生年代の野球が現在と比べ大きく変わっている可能性さえあります。

 しかし、球児の真剣勝負における一球への情熱は永遠に不変のものであり、若人の綴る野球の歴史は止まることなく未来へと続いていくのです。

 

 

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