
★ラストイニング8★
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鷹乃廉
2009年05月15日 13:15 visibility113
「セーフ!」、二塁審の手が横に開いた。
完璧なスタートと変化球による僅かなの送球の遅れ。
そんな状態で俺を刺すことは不可能だ。
一打同点のチャンス。
俺の仕事はワンヒットでホームまで生還すること。
たかだか50メートルちょっとの距離が今日に限っては果てしなく遠い。
二塁ベースの上で振り返り、相手外野手の守備位置を確認する。
セオリー通り浅くはないが深くもない位置取り。
彼らひとりひとりの肩の強さも研究済みである。
他の高校であれば誰もがエースになれるであろう強肩速球の持ち主であり、中学まではエースで4番、投手経験もあり送球に対するコントロールも高い。
実際ワンヒットで本塁まで生還できるかどうかは五分五分だろう。
現在打席に立っているのは3年生の主将だ。
主将からは恐ろしいまでの集中力と気迫が伝わっていくる。
先輩たちからすれば高校生活最後の大会、人生最後の打席になるかもしれない場面であり、結果を出せなければ引退。
ピッチャーが3球目を投げた。外角低め。
キャプテンの――先輩たち全員の3年間の思いを込めた一振りがボールを捉えた。
悲鳴と大歓声が神宮球場を包む。
会心の1打は一二塁間を破る痛烈なライト前ヒット。
俺はバットとボールが触れた瞬間、素早くスタートを切った。
もう打球の行方は見ない。見るのは3塁ランナーコーチだけ。
3塁ランナーコーチが大声で何か言いながら狂ったように腕を振り回している。
周れの合図だ。
最高速度を超える速度で鋭角に3塁ベースを思い切り蹴飛ばすと本塁に向かった。
その時ランナーコーチである先輩の声が聞こえた。
「突っ込め!!」
体中の血管が焼き切れる程全力で走っている。
自分の眼に映るのはホームベースと、それを死守するべく最後の砦として存在するキャッチャーのみ。
全神経を眼に集めキャッチャーの動きを感じ取る。
彼の動きでどちらにボールが逸れるかを判断し、逆方向へ回り込んでスライディング。
そして、左手の中指で本塁に触れる。
しかし、キャッチャーの位置取りは依然として本塁真上。
ボールは微塵も逸れていない。
相手守備陣も俺を本塁で殺すためにこれ以上ない最高の返球をしてきた。
左右に回り込んだら確実にアウトだ。
ホームベース手前で限界と思われる速度からから更に加速した。
この身体はどうなってもかまわない。
俺はトップスピードのまま微塵も加速を緩めることなく、全身を弾丸のようにして本塁に突撃した。
本塁上に存在する全身を武装した城塞の直前で強く踏み切り、頭から突貫。
部員全員の祈りを抱き、ホームベースに向かって両手を突き出した。 ……
著者・鷹乃廉
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