長松丸光忠の青春�

 紅白戦の最中のことである。
 小野派が紅で柳生派が白と、それぞれに分かれるのが常であったし、その日もそうだった。紅組の指揮は久松。白組の指揮は形ばかりの光忠、実際は正木が動かす。
 紅組の攻撃、一死で出丸には走者の山賀という場面。後続の打ち損じのような打球が内野を転がり、あわや併殺とみた山賀は、雄叫びを上げながら滑り込んだ。三の丸守備に入っていた正木の失投を誘わんがためである。
 反射が肝の新陰流。避けるだけなら余裕で避けられた。だが、三の丸に来た送球の位置が悪かった。
 二人はむしろぶつかり合うように交錯する。結果、正木の脛に山賀の鉄具足が当たり、血しぶきがあがった。
「何をする!」
 制止する声が立つ間も無く、内外野から柳生の剣士達が山賀へと躍りかかる。同時に、山賀が囲まれると見るや小野派剣士の動きも速かった。
 体ごと衝突しあう彼らに理性は無かった。
「やめんか! 互いにひけぃ!」
 久松の怒号も届かない。主審をつとめていた士学館の師範代が波を斬るように割って入り、鋭く一喝してようやく止め得た。
 我に返った柳生派の者どもは、久松の指示で正木を救護室に運ぶ。いずれの顔も、擦り傷や赤く痣になって腫れている。
 全て、光忠の眼前で吹き荒れた暴風であった。初めて見た暴力。初めて見た出血を伴う負傷。苦痛をこらえていた正木の顔。普段が冷静なだけに引き立つ苦悶……。
「他に体を痛めている者はおらぬか?」
 かすかに震える声で光忠は久松に訊ねる。しかし久松も気が高ぶり、口で罵倒しあう戦士達の静止に躍起だ。
 光忠の小さな胸はギュウギュウと締めつけられるように痛んだ。誰が怪我をしても悲しい。さっきまで戦場で走り、打ち、投げる誰も彼もが、長松丸にとってはヒーローだった。躍動する一人一人に見とれていた。わくわくした。
 自分が彼らに憧れ、仲間として慕っていたことを、少年は文字通り痛感したのである。
 鼻の奥がジンと染みてくるのを堪えながら、罵り合う男達の姿を見つめる光忠の瞳は赤い。

(つづく)


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