オガラミ時代の終焉・今の原巨人に迎えたい牧野さんのような人物

  • 舎人
    2011年07月30日 05:29 visibility2986



































































たった10日間球場に行っていないだけなのに、なんだかずいぶん試合を見に行っていない気がします。最期に見に行った18日以降、イースタン巨人は仲澤が調子を上げたり、笠原が2試合連続で先発で結果を出したり、橋本が久々の猛打賞を打ったりしています。7月の19日で5連勝が止まりましたが、25日から再び連勝が始まり、目下4連勝!首位日本ハムに1ゲーム差まで迫っています。この調子なら2年ぶりのイースタン制覇も視野に入ってきました。川相監督の野球を一言で言えば、とにかく先にランナーを進める野球です。良く言えば堅実、悪く言えば地味な野球です。しかし、この統一球の時代はこういった堅実な野球をした方が勝利に結びつくということなのでしょう。一死からでも送りバントでランナーを進める野球は賛否両論でしょうが、1点の重みが昨年とはまるで違う時代です。致し方ないでしょう。

このように今の時代にマッチした野球を二軍では実戦して成功しているのですが、一軍ではなかなかそれが上手くいきません。フィールズに進塁打を打たせたり、阿部にバントをさせたりと、原監督も色々やっていますが、どうも不慣れな印象で、監督の意向に選手の技能が付いていっていない感じです。それもそのはず、昨年までポイントゲッターとして制約なく気ままに打っていた選手に、いきなりつなぎの野球を強いたところですぐに変われるはずがありません。それならばつなぎの野球のできる選手を抜擢して起用すればいいのでしょうが、原監督はあくまで昨年までの主力を新時代に合った選手に作り変えようと必死です。監督の思い通りに選手が変われば、巨人はあっという間に借金を返済し、優勝争いに加わることができるでしょう。しかし、思い通りにならなければ、ようやく五割に戻すのがやっとではないかと思います。

小笠原もラミレスもなかなか調子が上がりません。これは不調なのか?私は統一球時代の彼らの実力ではないかと思えてなりません。しかし、彼らにバントや進塁打を期待する訳にいきません。打ってもらうしかない訳で、打ってくれなければつなぎを期待できない彼らは、統一球時代に邪魔な存在とも言えます。彼らは巨人にとって功労者です。簡単に無下にはできません。しかし、無為に打つようになることを期待してスタメンで出し続けたり、つなぎができるように変わることを期待することはいかがなものかと思います。もしも、今シーズンまだ上位を狙う気があるなら見切りを付ける必要があると思います。私は小笠原、ラミレス、フィールズの3人を同時にスタメンで起用することは反対です。全てを外せとは思いませんが、状態や対戦相手を見て1人だけでいいと思います。その分、つなぎのできて守備力に優れる選手を起用するのです。少ないチャンスで得点し、その得点をなんとか守り抜くのが統一球時代の野球です。つなぎの苦手なベテランを納得させ、つなぎの野球を叩き込まれた川相監督の門下生をどれだけ大きな度量で抜擢できるかが、今後の巨人の浮上の条件ではないかと思います。

さて、現在発売中の写真週刊誌「FRIDAY」には原監督のことが連載してあります。最初、BANBABANNさんとの話で知ったのですが、原監督の独善ぶりや、清武さんとの関係、次期監督のことまでまことしやかに語られています。どうやら元スポーツ紙の記者がライターのようですが、どこまで本当の話か分かりません。しかし、そうやって記事にされてしまうほど、原巨人の陣容があまり上手く行っていないことは間違いないのでしょう。以前も話しましたが、原監督は有能なコーチを脇で固めれば名監督になれると私は思っています。今はコーチの役割分担が上手く行っていない。特に岡崎ヘッドコーチがなんだか機能していない印象です。「FRIDAY」は岡崎さんのことを清武さんの送り込んだスパイみたいな書き方をしています。原監督と清武さんはすでに仲違いしているのだとか。そこまで単純な話ではないでしょうが、原巨人がコーチのことでほころびができていることが何となく伝わってきます。

先日の日記でMr.blackさん さんから監督とコーチについてのコメントをいただいたのですが、巨人において監督とコーチの関係で最もバランスが良かったのは「川上監督&牧野ヘッド」、「藤田監督&牧野ヘッド」ではないかとことでした。最も良い関係だったかどうかは分かりませんが、私も牧野さんは自分の役割を良く認識していた優れたコーチだったと思います。もしも今の巨人が牧野さんのような人物を迎え、原監督と上手くやってもらえたら、上で書いたような問題も無くなるだろうにと思いました。その時の返信を元にもう一度牧野さんという人がどんな人だったかを振り返ってみたいと思います。

牧野さんはV9時代の名参謀として知られていますが、V9の頃、私は子ども過ぎて何も覚えていません。しかし、藤田巨人の頃はそれなりに覚えています。トロイカ体制で藤田さん、王助監督、牧野ヘッドといった体制でした。この体制で第一次藤田巨人はリーグ優勝を2回成し遂げるのですが、2回目の1983年の時、監督や各コーチが胴上げされる中、牧野さんも胴上げされたものの選手たちによって受け止める手を引っ込められ、ドスンとグラウンドに落ちたそうです。おそらくチームの中で嫌われ役を一手に引き受けていたのでしょう。その年、藤田さんと共に巨人のユニフォームを脱ぎ、翌年ひっそりと癌で亡くなりました。ヘッドコーチをしていた頃からすでに癌であることは分かっていたらしく、巨人が軌道に載るのを見届けることを優先して自らの命を引き換えにしたようなものでした。 

元々牧野さんは中日の選手で巨人の選手ではありませんでした。新聞紙面で川上巨人のことを舌鋒鋭く評論していたそうです。それを読んだ川上さんがその切れ味鋭い思考に惚れ込み、自分のプレーンとして迎え入れたのだとか。それがV9に繋がり、藤田巨人の日本一やリーグ優勝に繋がったのです。そのことが牧野さんの寿命を縮めることになってしまったのですが、外様でありながら自分の才能に惚れ込み迎え入れてくれた川上さんと巨人に報いたかったからなのでしょう。まさに史記列伝の話のようで「士は己を知る者の為に死す」ということです。 

私は巨人のために自らの命を投げ打って働いてくれた牧野さんもすごいと思いますが、自分のことを非難していた人物を味方に引き入れた川上さんの度量の大きさも凄いと思います。 勝つための野球とは何か。思い切り投げる、思い切り打つ、思い切り走る、という野球が当たり前の当時の野球界で本当に強いチームを作るためにはどうすればよいのか。そのために川上監督が目論んでいたのが「ドジャース戦法」でした。しかし、川上さんは「ドジャース戦法」を信奉していても、なかなかそれを実戦できなかった。その監督の意向を汲み「ドジャース戦法」を具現化してチームに浸透させたのが牧野さんということになります。V9は名将の川上さんと名コーチ・名参謀の牧野さんの関係なくしては成し得なかったものだと言えます。

参考
知ってるつもり?!「ジャイアンツV9伝説と名参謀・牧野茂」

振り返って今の原巨人・・自分の周りをイエスマンの子分で固め、全て自分で裁量しないといけなくなっている原監督を天国の牧野さんはどう思っているでしょう。偉大な川上さんだって、選手を自分の思った通りにプレーできるように変えることは難しかった。統一球になり勝つための方法を模索している原巨人は牧野さんをブレーンに迎える前の川上さんの時代に重なって見えます。もしも、この先原監督が牧野さんのような自分の足りない部分を補い、意向を汲んで選手を変え、さらに嫌われ役まで引き受けてくれる人物を迎えることができたら、V9以上の偉業を成し遂げるかもしれません。そのために原監督にはどんなことを言われても受け入れる度量と覚悟が必要でしょう。どんな時代にも人物はいるものです。そんな出会いをファンとしては期待してしまいます。

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