巨人に必要なのはスケールの大きい選手 今までのコマ量産野球から脱却すべき!

  • 舎人
    2016年07月06日 02:16 visibility2477
前回の特集の続きのような話ですが、今回は私が日頃感じていること。選手のスケールについてです。

交流戦で対戦したパ・リーグの各球団で最も驚かされたことは個々の選手のスケールの大きさでした。巨人も細かい野球の進める上での必要な適材適所のコマは揃っており、ロースコア勝負に持ち込めば何とかなると思いましたが、試合が荒れ、各選手のパフォーマンス勝負となると、巨人はどうにもなす術無しといった感じす。それはすなわち個々の選手のスケールで巨人がパの各球団の選手たちに圧倒されてしまったからではないのかと思います。スケール感のある選手の存在感はたった一人で球場の空気を支配してしまうものです。今の巨人でそんな存在感のある選手は投の菅野と打の坂本しかいないと思う。巨人はコマの層は厚くても、スケール感のある選手はあまりいないと思うのです。この傾向は数年前から懸念され、巨人がポストシーズンで苦しみ、なかなか勝ち残れなかったのも、場の空気を変え自分のものにするスケール感のある選手が乏しいからではないかと思いました。この理由を考えると私はどうしても巨人のドラフトや育成についての考え方が間違っているのではないかと思えてくるのです。

昨年のドラフトはまるで夢の無いものでした。1位の桜井は本来なら外れ1位か、2位相当の選手での即戦力投手でしたし、2位の重信も巨人の編成では比較的足りている外野のチャンスメーカーだったのです。二人が戦力にならないとは思いませんでしたが、育った先にエースになるだとか、中軸に座っているような姿がなかなか想像できなかった。なんだか育った先にある姿が良くて脇役、下手をしたらコマに毛が生えた程度のような気がしたのでした。その次の3位指名の與那原にはスケール感を感じましたが、後の指名は巽を除き大学社会人の選手ばかり。そこそこ育つかもしれないものの、育った先がコマや脇役になるのが関の山といった選手の指名が続いたのです。

もちろん即戦力でもスケールのある投手や野手が指名できれば良いのですが、そういった選手は必ず競合するものです。それを巨人は今まで「囲い込み」という手段を多用して獲得してきました。それが菅野であり澤村であり、長野だったのです。はるか遡れば阿部などの自由枠や逆指名選手たちも同じようなもの。巨人は選手の即戦力性とスケールを一挙に手に入れて来たのです。しかし、私はそういった即戦力とスケールを併せ持った囲い込みは菅野が最後だったのだろうと思います。コンプライアンス上、今はそんなことはできない時代になりましたし、何が何んでも巨人でなくてはいけないというアマの選手も消えたのです。

この時代、スケールのある選手を手に入れるには2つしか道は無いと思います。1つはスケールも即戦力性も併せ持つトップアマを競合覚悟で指名することです。今年のドラフトでいったら創価大の田中正義をクジ覚悟で指名するといったこと。もう1つは素材型の選手、主に高校生を指名して大きく育てて行く事です。前者は競合必至ですが、後者は時間がかかるものの比較的競合が少なく選手を指名できる。つまり、計画と方法さえ考えれば運任せでなくスケール感のある選手を手に入れることが可能だということです。

私はなぜ育成が必要かと考えるとドラフトで素材型の選手を指名し、大きく育てることでスケール感のある選手にするためだと思うのです。選手を自分のチームのコマにすることは育成ではなくカスタマイズです。即戦力の選手を取って場数を踏ませて一軍に送り出すのもやや育成とは違う。「ファーム」の意味合いもそう。本来は素材型の選手を鍛え、育て、他球団に対峙できる大きさの選手をするための場所だと思うのです。今の巨人の二軍はスケール感のない一軍のバックアップ要員が、取りあえず待機待ちをするための場所の様になっています。そういった役割も二軍に必要なのかもしれませんが、ファームではないと思います。

そもそも育成の第一目的とは、そこそこの成績しか出せない選手を数多く輩出することではないと思う。他が全部失敗でもたった1人でも大きく育った選手を作り出す事の方が大事。その大成功選手を何とか育てて行くうちに、脇を固める選手やコマは後からでも作れるもの。最初からチームを代表する主軸とコマを並列して扱うようなことはナンセンスだと思う。しかし、そういった選手を育てようにも、どうも巨人のドラフトは昨年の指名選手にように、そこそこの選手ばかり集めたがる。20か50かといった感じ。もっと0か100かの選手を数多く指名して大化けを狙った方がいい。そこそこの選手も、大化け狙いの選手も限られた席を争わせるのだから、多様性があった方がいいのです。

いずれにしても巨人はこれからのドラフトで選手の育った先のスケール感という観点で指名を展開するべきだと思うのですが、そのためにはスカウト活動もそういった観点でなくてはいけません。どうも私が疑問に思っているのが巨人のスカウトのアマとの向かい合い方です。それは蔑ろになってはいけないものの、ある程度の割り切りと、打算が無くてはいけないものではないかと思います。これは今に始まった事ではないし、他球団でもあることなのかもしれませんが、巨人はアマ球界との向かい合い方を取り違えているのではないか思える節があるのです。馴れ合いとも協調とも言えますが、どうも指名の裏に何かの事情を感じることがままある。それはなんだか逆指名のあった前時代的な考え方によるもののような気がするのです。

少し話がズレてしまいますが、山下スカウト部長がなぜ巨人のスカウト陣の長になったかを考えると、おそらくそれは「囲い込み時代」の適任者だったからだと思うのです。元々は近畿地区の担当スカウトだった山下さんが巨人のスカウト部長になったのは2006年シーズンのこと。つまり、希望枠で金刃を引き入れたのはすでに山下体制になってからだったのです。それまでのスカウトとはいかにアマ球界と上手くやって行くかが課題だったのだと思う。そうすることで有望な選手を逆指名させる事が出来た。その点でアマ出身の山下さんは球団の中で重きを成し、末次さんの後任に選ばれたのではないかと思う。

しかし、その時代と今とでは事情が変わってしまった。アマといくら結びついても囲い込みはほとんど意味を成さないし、アマ球界との過度の結びつきは、むしろ逆に手かせ足かせになっているような気さえするのです。JR東日本の選手だった田中広輔の指名を検討していたにもかかわらず、本人の意思を尊重してスルーしたことや、小林の指名もどうやら囲い込みが効き過ぎて1位指名しなくてはいけなくなったとのこと。当時、関西球界に詳しい人から聞いた話ではこんな感じでした。

「(前略)何故そんな選手を1位に繰り上げたか? 巨人は石川をほぼ一本釣り出来ると計算し、小林を2位指名する予定でしたが、もう一度即戦力にブッコんでも良かったのに小林の繰り上げ。これは日生に対する巨人の誠意だったらしいのです。日生というチームは関東のENEOSと共に社会人の雄であり、プロに対しても相当上から目線のチームだそうです。一部マスコミが書いてましたが、日生の監督が他球団に「手を出すな」と言ったのは本当の話だそうです。実際、記事が出た時に日生の監督が『どのスカウトが漏らしたんだ』と激昂していたそうですから。 巨人としては、そこまでさせた選手だったので即戦力投手が欲しいのを我慢して小林を繰り上げたというのが実情です」

当時のやり取りをそのまま添付したもので、真相は定かではありません。しかし、こういった話はジャイアンツ球場のスタンドに座ってくるとよく聞こえてくるのです。誰々は入学時の経緯があったから巨人が仕方なく引き取っただとか云々・・もしもそういったことが本当にあるとしても、この手の「誠意」は果たして必要があるものなのか。部外者が好き勝手なことを言っているのかもしれませんが、巨人の関係者がもしも、再び逆指名時代が到来するだとか、ドラフトが廃止されるだとかの思惑があってのことで、このようなアマ球界との向かい合い方をしているのだとしたら、そんな時代はもうやって来ないし、コンプライアンスが支配して何もできない時代だと思い知った方が良いと思う。本当に欲しい選手を純粋な思いで指名して、最大限の誠意を持って交渉して入団させる。そんな当然な事を行っていた方が強いチームが作れる時代だと思います。

私は巨人のスカウト陣は山下部長以下、極めて優秀な人たちで固められていると思う。しかし、ここ数年の巨人のドラフトの方針はどうも事なかれ主義ではないのかと思う。巨人のドラフトはもっと野心的であるべき。逆指名(自由枠・希望枠)時代のように戻れと言っている訳ではありません。あの時代はむしろ野心に欠けていた魂の抜けた感じで、取りあえず目玉と呼ばれている選手を逆指名枠で固めると、後は実に穏当な員数合わせのようなドラフトを巨人は展開していた。野心的とは上位から下位まで、他球団より1人でも優秀な選手を集める意欲をいうのです。近年でいえば2010年の澤村と宮國の両取りだとか、古くは木佐貫・久保の逆指名に加え長田・山本光まで集めた2002年などのドラフト。今度のドラフトもそんな大望を持ったものにして欲しい。間違っても昨年のようなスケール軽視で員数合わせのような指名を展開しないで欲しい。コマばかり量産される野球はチームのスケールが小さくなるし、本来スケールの大きい選手の蓋になる可能性もある。今度のドラフトは 他球団がうらやむようなスケール感のある有望な選手を数多く指名する事を期待したいと思います。

今回は客観的データで話した前回の特集とは違い、私の主観による勢いで話をしてしまいました。スケールとは何なのか?その基準とはどこにあるのか?そういった基準は何となく各自分かっているもので、データのように明確なものではないと思います。しかし、野球にはそういった感覚的でニュアンスが大事な要素もあるのだと思います。私はそのどちらも加味する事がチーム作りを考える上で大事ではないかと思うのです。

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