2006年W杯グループリーグF組 日本代表-オーストラリア代表 「純粋代表批判」
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おかき
2006年06月30日 03:41 visibility116
ドイツの中でも小規模の方に属するカイザースラウテルンの街。
ドイツの南西にある小さな街。ここで日本代表、オーストラリア代表の
W杯が始まりを告げる。
この小さな街の駅前は、日本・オーストラリア両国のサポーターと
ドイツ人によって混雑し、道を捌くので精一杯。
スタジアムまで15分と言われているが絶対にそれでは辿り着けない。
試合が行われる「フリッツ・ワルターシュタディオン」は
カイザースラウテルンの駅から南の小高い丘を登った所にある。
順路を歩くが、日本代表のゴール裏になるであろう
ブルーセクターの観客はそのスタジアムまで簡単に行く事ができない。
線路沿いの「バルバロッサ通り」を歩いた後、哲学者カントからとった
「カント通り」という延々という上り坂を45分近く登らなければならない。
試合開始が15時で、ここを歩くのが大体13時前。
一日の一番暑くなるという時間帯に太陽が容赦なく皮膚を焦がしていく。
何もしなくとも汗ばむのに加えて、坂を歩くのは苦痛以外の何物でもない。
日本代表はサポーターが必死になって登ったカイザースラウテルンの
心臓破りの丘を登りきれなかった。
「ああっ」というサポーターの悲鳴にも似たその歓声が上がった時から、
彼らは坂を転がり落ちて行った。
後半30分過ぎだ。ロングボールが出されたが、憔悴しきった表情で
ボールの行く先を確認しようともせず、自陣を見つめる選手がいた。柳沢。
彼がその疲労感を見せた途端、その疲労はチーム全体に伝染し、
ここから一気にチームは崩れて行くことになる。
後ろにいる選手は、前線にいる選手を信じてボールを出す。しかし、
彼の背信的プレーは、味方だけでなくサポーターにも多くの失望感を与えた。
この試合、15時開始という暑くなる事が予想される試合で、
対戦相手が体力勝負のオーストラリア。
その相手に3バックで臨んだ事自体消耗戦になる可能性はあった。
体力がある前半でリードして如何に逃げ切るかという作戦だろう。
その作戦は中村の直接FKという形で前半は成功した。
しかし、このFKもボールに反応した高原と豪GKが接触し、
GKがボールに触れないままゴールに入ったものだ。
決して崩した得点ではない。
大型の選手が多いチームを崩すには運動量と少ないボールタッチ、
速い攻撃を心がける必要があるが、チームに運動量がない。
少ないチャンスも精度の悪いパスで潰していけば、リズムは悪くなる。
逆に不運な形で失点したオーストラリアは後半、強気の一手で
攻撃の枚数を増やす。これが功を奏し、徐々にオーストラリアの時間も
増えていく。日本は軽いプレーが多くなっていくが、
最後の最後は川口を中心とした粘りあるプレーで許さなかった。
ただ、心配なのは「クリア」が増えてきたこと。
単純なプレーでゲームを切る事が増えているというのは、
チーム全体が苦しい時。ジーコにはそれが見えなかった。
そして、柳沢のアクションに対して投入したのは小野。
考えはわからなくない。疲れた中盤にフレッシュな選手を入れて、
前線に上げた中田、中村でカウンターを決めて、ゲームに決着をつけると。
少なくとも相手の攻撃のポイントを下げる意図はあった。
しかし理屈ではそうでも、選手を奮起させるなら、
絶対に前の選手を投入するべきだった。
巻を投入して、クリアでなくそれを前線のロングボールにさせて、
少しは楽にするかなと思っていたが、小野の投入。。。
彼の頭を越したDFがやられて6分間で3失点なのは皮肉だ。
後味の悪い切れ方で1-3の敗戦。
采配の問題もあるが、前半から息が切れてしまうチームに
コンディションの悪さは否めない。中田英寿が「準備ができていない」と
放った言葉を証明する結果でもあった。
ある日本人サポーターが帰路こう話していた。
「ヒディンクは放り込みサッカーが好きだから仕方ない。
つまらないサッカーに負けた」と。果たしてそうだろうか。
韓国代表でもPSVでもそうだったのか?そんな記憶がない。
放り込みサッカーがオーストラリア代表の持ち味だとしても、
それは彼らの身体能力の強さ、ストロングポイントが
そこなのだから勝つにはそれを前面に出して何が悪いのか。
陵南高校バスケットボール部監督・田岡茂一氏が、
「おまえをデカくしてやることは誰にも出来ない。それはお前の才能だ。」と
言って自分のチームのセンターを励まし、個人もチームも成長させた様に、
ストロングポイントを生かして戦う事は勝つ為には必要な要素だ。
それができたヒディンク、できないジーコ。経験値の差は明らかだった。
責任を他人に転嫁していても、いつまで経っても強くならない。
帰りのカント通りは楽なものだった。下り坂だから。
気が付くとポプラの綿毛がチラチラ舞い始めている。
カントの人生最後の言葉「Es ist gut(これでよい)」は、
してやったりのフース・ヒディンクが呟いた言葉に聞こえる。
哲学者イマヌエル・カント。イマヌエルとはヘブライ語で「神と共に」の意。
カント通りを去る時に、ジーコのドイツからの早い別れを予感させた。
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