☆夏の選手権大会で気になったこと・・・。







今年の夏の選手権大会で一番気になったことは、秋田県勢の13年連続初戦敗退、鳥取県勢の7年連続初戦敗退、茨城県・山口県勢の5年連続初戦敗退、山形県勢の4年連続初戦敗退、栃木県・埼玉県・山梨県・京都府勢の3年連続初戦敗退などではなく、山梨県代表の日川高校の左袖の三本線が何を意味しているのか?である。

おそらく、最近ごく一部で注目を浴びている市岡高校方式で考えると、山梨県内での創立の古い順番を意味しているのではないだろうか?という仮説が立つ。


この件は、東海大相模の一二三を意識しサイドハンドで投げてみたら108キロをマークした、仲本さまも日記に書いていますた。





日川高校といえば、皆さまご承知の通り、全国高校ラクビー大会には、25年連続を含む39回の出場を果しており、ベスト4が8回、通算成績は56勝38敗1分で高校別勝利数が全国第7位のラクビーの名門校である。また、東大や京大、一橋大にも合格者を輩出している進学校でもある。
参考までに、高校ラクビー大会での勝利数1位が秋田工の126勝、2位が天理の98勝、3位が常翔学園(旧・大阪工大)の80勝、4位が国学院久我山の78勝、5位が大分舞鶴の75勝、6位が常翔啓光学園の60勝である。


話がややそれましたが、日川高校は1901年(明治34)年に山梨県第二中学として創立された。ちなみに、山梨県第一中は現・甲府一高である。
仲本さまも疑問視しておりましたが、この流れからすると、左袖の線は二本になる筈・・・。

謎は深まるばかり。









さらに調べていくと、先日記述した、大月市にある甲子園出場校でもある、名門・都留高校の存在が浮上してきた。


山梨県内の旧制中学を創立順にすると以下のようになる。

1880年(明治13年) 山梨県中創立
1900年(明治33年) 山梨県中都留分校創立
1901年(明治34年) 山梨県二中創立



よって、わたしの中では、日川高校は山梨県内で三番目の旧制中学ということで、左袖には三本線が入っているという結論に達した。










異常、120%自己満足日記でした。



























































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