沖縄放浪記〜代表校めぐり・興南高校
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仲本
2015年07月30日 06:56 visibility1012
忘れた頃に沖縄篇に戻ります。
沖縄決勝の当日、朝のうちに首里城を散策し、まだもう少し時間があるのでぶらり途中下車しました。
ゆいレールの古島駅を降りてすぐのところにあるのが興南高校。車窓からも校舎上の「興南」の看板はよく見えます。決勝の前に行ったのでまだ「祝 甲子園出場」のような垂れ幕はありませんでしたが、今ごろは準備されているでしょう。
夏の甲子園初出場は首里に遅れること8年、昭和41年のことでした。このときは初戦で竜ヶ崎一高に破れたとはいえ、延長戦に持ち込みました。その2年後の昭和43年、2回目の出場はいわゆる「興南旋風」。沖縄県勢は初出場から11年、のべ4校目で早くもベスト4進出を果たしました。
記憶に新しいのは平成22年、好投手島袋と勝負強い打線で春夏連覇を達成。特に夏の決勝は東海大相模を13−1で圧倒し、沖縄に初めて深紅の大優勝旗を持ち帰りました。このときわたしは甲子園で観戦しました。13時試合開始が11時には満員札止め。10時半ごろから外野席に座って、試合開始を前に干からびていた思い出があります。
学校の周りは坂になっていて、上っていくとグラウンドが見える場所があります。
バックネットのあたりに横断幕がありますね。目を凝らすと「2015’ Aggressive KONAN 日本一」と書いてありました。試合直前でもちろん野球部の姿はありませんでしたが、クラブ活動のさかんな学校だけあって、この日も朝から運動部の練習している声がよく聞こえました。
沖縄大会を首尾よく勝ち抜いた興南高校。横断幕に記された「日本一」への挑戦権はまだその手に残っています。
* * * * *
おまけ。
興南高校のすぐそばには出雲大社の沖縄分社がありました。いまさら神頼みもないのですが、素通りするのもなんなので、
( ・_・)ノ ⌒@
(−人−)…“島根の大社高校がまた甲子園に出られますように”
もっとほかにベタな願い事があるだろう
(´д`)
出雲大社の神様は大国主大神です。
♪大黒様は〜 誰あろう〜
大国主の〜 ミコトとて〜
と歌にも歌われていますね(古い)。
お、おう、なんかイメージ違うな
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