剛腕終焉の地 (多摩一本杉球場)

  • Mr.black
    2013年10月23日 10:21 visibility2964

昭和40年代~50年代、NPBで一世を風靡した剛腕投手がいました。名前は江夏豊。(敬称略)

阪神のエース、そして南海移籍以降はリリーフに転向。広島や日ハムでチームを優勝に導いた屈指のサウスポーでした。その江夏投手の引退式が行われた場所が東京・多摩市の「多摩一本杉球場」でした。

郊外のひっそりとした公園内の小さな野球場が終焉の地になったのは現役時代「一匹狼」的な存在だった同投手にある意味ふさわしかったのかもしれません。

 

多摩一本杉球場へのアクセスは京王相模原線・小田急多摩線・多摩モノレールの3路線が合流する「多摩センター駅」からバス利用となります。

駅南口の8番乗り場から京王バスに乗車。「恵泉女学園大学入口」で下車。そこから陸橋を渡って徒歩10分程度で着きます。

 

前回の日記で「相模原球場行きのバスが分かりにくかった」と書きましたが、ここは非常に案内が懇切丁寧でした。

 

 

駅を降りたバスロータリーのあちこちに写真のような立て看板があり、すごく分かりやすかったのです。「(8番乗り場から出る)全てのバスが停車します」というのはありがたい表示ですね。こういう案内を他社にもお願いしたいものです。

なおバス便は行き帰りともかなり多く、数分~10数分ごとにやって来るので仮に一台乗り逃がしてもしばらく待てば次が来ます。便利でした。

 

 

バス停のすぐそばにある陸橋を登ると球場の照明塔が見えますので方向を誤ることはありません。

 

 

一本杉公園が開園する時には打撃の神様・川上哲治(敬称略)が記念植樹をしたということです。プロ野球界の投打のヒーローが関わった球場というわけですね。

ちなみに江夏投手も引退式の時に公園のどこかに植樹したということらしいのですが、場所は特定できませんでした。

 

 

しかしながら球場そのものは非常にこじんまりしています。

これは入場口。チケット売り場(右の茶色の小屋)も小さかったです。

スタンドが写っていませんが、ここは掘り下げ式のグランドなのです。

 

 

両翼91m、センター120m、と狭いグランド。内野クレー、外野天然芝。

照明は4基ありましたがやや小さめ。照度は弱そうです。

写真の影で分かるようにここは守備側の正面に太陽が来ます。なのでフライが外野に上がるとかなり守りにくい条件です。(この時間帯はレフトが守りにくそうにしていました。)

 

 

スタンドの座席は内野(バックネット裏~ベンチ横辺りまで)は全て長イス。それ以外は芝生席。

収容は2,000人程度。資料によっては1万人と書いてあるものもありましたが、いくらなんでもそれは違うだろうという規模です。(苦笑)

長イスの前後の間隔が広かったのは座りやすくて良かったです。

 

バックネットには支柱があり、さらに網目の形状・太陽光の位置の影響で結構見づらいです。

内野フェンスも高め。1・3塁側の最上段に行かないと視界が悪いです。(なので最上部の通路で立ち見する人も多かったです。)

 

 

スコアボードは横長でパネル手動式。形がどことなく野球盤チックです。カウントはBSO。

土台が石垣というのは特徴があります。

 

 

そしてバックネット裏の最前列に花壇が並べてあるのも記憶に残りました。

こういうことをしてある球場も珍しいです。季節によっては色鮮やかな花が咲くのでしょうか?

 

最後にこの日は売店などは出ていませんでした。

近くには何もないので駅周辺で飲食物を調達してから行かれることをお勧めします。

(飲料の自販機のみ数台あり。開催される試合によっては臨時の売店が出るかもしれませんが、この点は不明です。)

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