
先発「3本柱」を考える 第2回 夢の継投編
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こじっく
2012年04月08日 22:39 visibility411
「打てる気がしない・・・」
阪神ファンの僕は、90年代の巨人のエース斎藤雅樹投手が神巨戦で登板する度に深いため息をついていました。
しかも、翌日の先発が槙原寛巳投手だったり、桑田真澄投手だったりすると「3タテやられるかな・・・」という弱気を抱かずにはいられない。
それぐらい、あの時期の巨人の「3本柱」は磐石に感じられました。
87年から96年までの巨人の「3本柱」の成績を見てみましょう。
斎藤 槙原 桑田
87年 0勝0敗 10勝6敗 15勝6敗 ※優勝 76勝43敗11分
88年 6勝3敗3S 10勝13敗 10勝11敗
89年 20勝7敗 12勝4敗4S 17勝9敗 ※優勝 84勝44敗2分
90年 20勝5敗 9勝5敗 14勝7敗 ※優勝 88勝42敗
91年 11勝11敗 9勝12敗 16勝8敗1S
92年 17勝6敗 12勝13敗1S 10勝14敗
93年 9勝11敗 13勝5敗 8勝15敗
94年 14勝8敗 12勝8敗 14勝11敗 ※優勝 70勝60敗
95年 18勝10敗 11勝8敗 3勝3敗
96年 16勝4敗 6勝6敗 登板なし ※優勝 77勝53敗
前回取り上げた広島に負けず劣らず立派な「3本柱」です。
特に優勝した年の斎藤投手の成績は目を見張るものがあり、「エース」の称号に相応しい投手だったと言えます。
一見87年と96年は「2本柱」になっていますが、87年は江川投手がまだ現役だったし、96年はガルベス投手が活躍。優勝に貢献しています。
優勝した年の「3本柱」の勝利数がチーム勝利数に占める割合は、
87年 3割2割9厘
89年 5割8分3厘
90年 4割8分9厘
94年 5割7分1厘
96年 2割8分6厘
となっています。89,90年は斎藤投手の2年連続20勝が効いているようです。
94年の優勝は、最終戦で中日を下しての歴史的な優勝でしたが、あの時の「3本柱」の継投は球史に語り継がれる名場面。この年の「3本柱」はいずれも好成績を残しており、長嶋監督の最終戦での3人の起用は最高の演出であるとともに、最上の選択だったのではないでしょうか。
このテーマ、次の日記以降ももう少し続けさせてください。
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