先発「3本柱」を考える 第1回 黄金期カープ編

 阪神のエース能見篤史選手の完封、広島のエース前田健太選手のノーヒットノーラン。


 今日のプロ野球は見所満載でした。


 特に阪神ファンの僕は、娘が寝てくれたのをいいことに、TVにかじりついて能見選手に声援を送っていました。


 さて、今日の新聞で、広島カープの本拠地開幕3連勝が取り上げられていました。


 これは1988年以来の快挙だそうで、その時は当時「3本柱」とよばれた北別府学、大野豊、川口和久の3投手がそれぞれ勝ち星をあげたと言います。


 どの球団にいてもエース級の活躍が期待できる先発投手が3人もいればチームは毎年安定した成績が期待できるに違いありません。


 しかし、実際はどうであったか・・・を簡単にではありますが検証してみたいと思います。



 北別府、大野、川口の各投手が揃って勝ち星を挙げるようになった1982年から、カープ直近の優勝を飾った1991年までの10年間の3投手の成績は以下の通りです。


   北別府     大野      川口    


82年 20勝8敗   10勝7敗    4勝5敗


83年 12勝13敗  7勝10敗11S  15勝10敗


84年 13勝8敗  10勝5敗2S   8勝6敗   ※優勝 75勝45敗10分


85年 16勝6敗  10勝7敗2S   9勝9敗


86年 18勝4敗  6勝5敗     12勝9敗  ※優勝 73勝46敗11分


87年 10勝14敗  13勝5敗    12勝11敗


88年 11勝12敗  13勝7敗    13勝10敗


89年 9勝10敗  8勝6敗     12勝7敗


90年 8勝4敗   6勝11敗3S      11勝13敗


91年 11勝14敗  6勝2敗26S   12勝8敗  ※優勝 74勝56敗2分



 


こうしてみると、3投手とも10年間本当に安定した成績を残していることがはっきりと分かります。


大野投手はチーム事情から抑えに回った時期もあり、どうしても勝ち星という点では見劣りすることは否めませんが、チームへの貢献では他の2投手に遜色ないでしょう。


この10年間でチームも3度のリーグ優勝(うち日本一1回)、9度のAクラス、負け越し1度もなしというとても優秀なものです。


84年 4割1分3厘


86年 4割9部3厘


91年 3割9部2厘


この数字は、優勝年の3投手の勝ち星がチームの勝利数に占める割合です。


91年は一見、低く見えますが、この年は大野投手が26セーブを挙げています。チーム勝利への貢献は例年に比べ更に高かったとさえ言えるでしょう。


やはり、北別府、大野、川口の3投手は球史に残る「3本柱」だったわけです。


「3本柱」といえば、各球団の歴史を紐解くと、他にも広島のそれに匹敵する3人の名前が立ち昇るはずです。


次回の日記では、今年も強力な先発投手陣を揃えたあの球団の90年代の「3本柱」について検証してみたいと思います。

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