夏の予選 思い出の1990年大阪

 昨日、私は母校の2つ上の学年の硬式野球部の主将だった方と、同じく1つ上の主将だった方に握手して頂きました。
 嬉しかったけれど、やっぱり自分も無理してでも硬式野球部に入れば良かった、たとえ男子マネージャーとしてでも野球部員になればよかった・・・と改めて思いました。

 それはさておき、春のセンバツで活躍した好チームや好選手が夏に甲子園に帰ってくることができない。
 そんな出来事は高校野球の歴史でたくさんあったと思います。
 最近では2012年花巻東高校の大谷翔平選手がその代表例だと思います。
 
 そんなチームや選手に思いを馳せるとき、私は1990年の夏の大阪府大会を思い出します。

 1990年の大阪はまさに激戦区でした。
 先立つ1989年の秋の大会は近大付属が制し、次いで北陽、3位に入った関西創価が近畿大会に出場しました(ちなみに4位はPL学園でした)。
 そして1990年春、第62回選抜大会には近大付属と北陽が出場。
 近大付属が優勝し、北陽もベスト4に入りました。
 近大付属の中心選手は強打者の犬伏稔昌。
 北陽はエースの寺前正雄。
 いずれもプロ入りする好選手です。
 
 しかし、この年の大阪は他にも好チームが多く、複数の好投手(宮田、薮田、そして黒田!!)を擁す上宮、地力のあるPL学園も大阪を制しても何ら不思議のないチームでした。
 春の府大会は近大付属がセンバツの勢いのままに優勝。
 やはり近大付属が順当に夏の甲子園出場を果たし「春夏連覇」に挑むのか・・・そう思った高校野球ファンも少なくなかったと思います。
 
 しかし、夏の府大会では「予定調和」を拒否するような幾多のドラマが生まれました。
 PL学園が5回戦で市岡に0-2で惜敗します。
 そして近大付属も柏原にサヨナラ負け。
 両校はベスト16で敗退となります。
 ベスト8には大阪学院大高、北陽、渋谷、関西創価、市岡、上宮、柏原、牧野が進みます。
 ここまで見るだけでも公立の健闘が目を引きます。
 そしてベスト4には北陽、渋谷、上宮、柏原が残りました。ここでさすがに公立は渋谷だけになりました。
 準決勝は北陽-上宮、渋谷-柏原。
 北陽と上宮の一戦は外野席を開放するほどの大観衆を集めたと言われています。
 準決勝は奇しくも両ゲームとも3-1のスコアで決着がつきました。
 決勝に駒を進めたのは上宮と渋谷。
 グランドで戦う選手にとっては、どうでもいいことだったでしょうが、私学と公立の頂上決戦になったのです。
 
 そして決勝戦。
 上宮 0 0 2 1 0 0 0 0 1=4
 渋谷 2 0 3 1 0 0 0 0 X=6
 
 上宮: 宮田―新出
 渋谷: 喜多、中村-三宅

 公立の渋谷高校が厚い戦力を持つ上宮に勝ったのです。
 この試合のヒーローは2本塁打を放ち、なおかつエース喜多投手をリリーフし6イニングを投げた中村紀洋選手(2年生)でした。なんというバイタリティ。後年のプロでの活躍も納得です。

 甲子園では渋谷高校は勝利を挙げられずに終わりますが、私は夏が来るたびにこの1990年の大阪府大会を思い出します。
 今年も予選開幕前はどうしてもセンバツで活躍した高校、選手に注目が集まると思いますが予想を超える展開になる都道府県もあることでしょう。
 全ての高校、選手のご健闘を祈ります。
 
 

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