チーム・スタイルの栄光(と挫折)8

  • フジ
    2010年09月11日 20:38 visibility44

2003年5月25日。明治神宮軟式野球場(日の丸グラウンド)。

ライバルチームとの対戦成績を1勝1敗で終え、雌雄を決する第3戦が行われた。


絵画館の前の広場でキャッチボールを入念に行いながら、時間が来るのを待つ。

相手の力量はお互い熟知している。相手より一つでもエラーが多ければ負けである(ヒットが多ければ、と書けないのが情けないところだが…)。

時間が来て、グラウンドで軽く練習。メンバーのあっ!くま・・・・さんに座ってもらい投球練習をする。

縦のカーブをマスターしようと、ここ数ヶ月ほど練習しているのだが、なかなか上手くいかない。マウンドから投げると感覚が微妙にずれるからであろう。結局この試合、カーブを使うのはやめにした。

時間が来て、全員整列。

監督のあっ!くま・・・・さんと相手チーム監督Fさんが固く握手。

相手チームのFさんは前回の試合、仕事の都合で来られなかったので、顔を合わせるのは2回目である。前回の試合を見ていないせいか、表情に余裕が感じられる。

我が軍も前回勝っているせいか、リラックスした表情。

勝利がどちらに転んでもおかしくない。そんな雰囲気の中、プレイボール。

序盤は我が軍が優勢に試合を進めた。

三度目の対決である。相手投手を上手く攻める…、といいたいところだが、四球やらエラーやら、時折出るヒットでコツコツと点を取る。こういった試合展開は、もはや我が軍のパターンである。自力で打ち勝つと言うより、相手のミスでなんとか点を取るというスタイルは、今なお続いている。

我が軍の先発は、メンバーの誰かの知り合いで、確か大学野球を経験されているという方だった。

試合後の飲み会での会話で、我々素人との違いを見せつけられた。

「ボールの大きさが、微妙に違うので、今日は投げにくかったんですよ」

「ボールって、みな同じ大きさじゃないんですか?」

「触ってみれば分かるじゃない」

「ハァ…」

言われてみればそんな感じもするが…。ともかく全く違う世界の人な訳であった。このような低レベルのメンバーにあきれたのか、仕事が忙しくなられたかどうか分からないが、その方が我が軍に加わるということは無かった…。

ちなみに当時は、軟式ボールの規格が今とは違い、表面に丸状のくぼみがいくつも掘られているボールであった。時の流れを感じる。

それはさておき、そんなピッチャーが投げれば、すいすい押さえるのは当然で、こちらのエラーなどものともせず相手打線を抑えていく。

ある程度、イニングがが進んだところで、試合が膠着状態となる。ここで我が軍は、かねてからピッチャーをやりたいと意気込んでいたKクチさんという方をマウンドに送った。

このKクチさんという方は、酒を飲むと大変なことになってしまう方なのだが(そのあたりのことは、次回に記す)、酒を飲まなくてもやたらと興奮し、マウンド上でも雄叫びを上げている。

初めて投げるわけであるから、ストライクがなかかな入らない。荒れ球であるから、まともなヒットは打たれないが、四球が多く、エラーも出たりで何点かとられ、相手チームも息を吹き返してきた。

これで試合としては面白くなってきた。

次の回も、Kクチさんが投げ、ランナー2,3塁のピンチを招く。ここでファーストを守っていた筆者がマウンドに上がる。

マウンドに上がると、相手チームのFさんが

「出た! 彼だ!」

と叫ぶ。

前々回の試合で三振に取られ、得点できなかったことを覚えているのだろう。

「彼を打たなければ勝てない! 打ってこい!」

とバッターに檄を飛ばす。

そう簡単に打たれてたまるか、と全力投球。

結果、ショートへのフライを打ち上げ、投げ勝った。ショートがとった瞬間、

「なんでフライを上げるんだ!」と叫ぶFさん。

「だって、(ボールが)速えんだよ!」

仲間割れを始めたのには笑ってしまった。

次に、かなりカッカ来ているFさんがバッターボックスに立つも、三振に取り、ピンチを脱したチーム・スタイル。これで勝負あった。

2勝1敗で勝ち越した我が軍に、相手チームは今度は再度の対戦を申し込んでこなかった。しばらくは修行をしてくる、ということらしい。

結局、2003年はこの試合が最後の試合となった。通算成績を4勝2敗とし、軌道に乗ったかと思ったが、次の年、チームを揺るがす津波が来ようとは、このとき誰も予想していなかった…。

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