
★白球、天を衝く 第3球〜初練習〜★
-
-
鷹乃廉
2009年06月22日 14:35 visibility115
三話目です。いつも読んで頂いてありがとうございます。
久しぶりに父に贈り物をしました。父が好きなブランドの焼酎を。
第1球 〜始まり〜 第2球 〜合宿所〜
_________________________________________
走り場じめてから5分程、先導役の上級生一人を先頭に新入生20人程が列を成して急勾配の多い山の坂道を駆け抜けていく。今の位置は集団の先頭から3番目を走っている。陸上部の長距離走に慣れてしまったからだろうかペースはかなり遅い。体感的には1kmあたり5分〜6分のペースだ。日没近くまで約二時間走るとしても20kmか。初日にしては妥当だろう。受験で鈍った身体を取り戻すにはちょうど良いかもしれない。
更に10分後、次第に列が伸びてきた。振り返って確認すると先頭から後ろまで50mは離れてしまっただろうか。最後尾を走る新入生二人は、なるほど不細工な走り方をしている。恐らく中学は野球部はおろか運動部ですらなかったのだろう。片方は背の低い関取のような体格で、もう一方は蚊トンボのように細長い。服の上からでもわかる両者の体格と走り方が最後尾を走る理由を物語っているが、背の細長い方はもう駄目だろう。すでに顎が空に向いて口は開きっぱなしだ。まだ走り始めて3km程度なのに情けない。
自分がいる列の先頭集団は流石に余裕そうなのが多い。ひそひそとおしゃべりをしているのもいる。まだ全行程の三分の一にも達していないうちから余裕ぶっているとラストで地獄をみることになりかねない。中学の練習ではラスト2kmくらいからスパートをかけるのが習慣になっている。野球部ではどうだか知らないがペースアップしてもついていける体力は残しておきたい。
ただ走っているのも暇なので周囲を観察しながら走ることにしてみた。地面はアスファルトで舗装されているので割と走りやすい。樹木が生茂っているので日影が多く、植物園も近くにあるそうだ。山道なので上り下りの坂道の連続、ほとんど平坦な道はなく勾配はかなりある。道路脇の標識は『11%』と傾斜を表しているが、とんでもない。30%はあるように思う。箱根駅伝の山登りをしている気分になるし、下りは加速しすぎて逆につらい。
「これで1周だから。早く覚えてね〜」
時計をしていないので正確な時間はわからないが、走り始めてから40分は経ったと思う。新入生をひっぱって走りながら穏やかに話す先輩はほとんど息も乱れていない。普段からこのくらいは走っているんだろう。話によると山道はグラウンドを周るように造られていて1周が約8kmらしい。今、丁度1周したようだ。今日は3週してグラウンドに戻るらしい。
暫くぶりにふと後ろを振り返ると、人数が減っている。全員の顔を覚えているわけではないが、明らかに少ない。少なくとも関取と蚊トンボの姿は見えない。思えば3km地点で息も絶え絶えに走っていたのだからここまで持つ訳もないか。どうなったのだろう。心配ではあるが、他人の心配をしている余裕があるわけでもない。残り2周ついて行けなければそのまま取り残されるのだろう。ついて行けないのは悔しいが、何より同じ新入生の中で負けるのだけは考えられなかった。現段階で野球の技術で負けるのは仕方ない事だが、走りに関しては譲れない。そう思い両脚にもう一度気合いを入れなおして走り始めた。
元・陸上部と言う無駄なプライドのおかげか先頭集団から外れることなく3週走り終えることができた。グラウンドに戻ると、更に新入生の数が減っていた。二十数人はいたはずなのに無事に走り終えてグラウンドまで戻ってきた新入生は15人だけだった。
意外と時間は経っていたようで、グラウンドに設置された時計の針は午後五時を示している。
日が山に沈み始め、グラウンド内に呼ばれた新入生は上級生との合同練習をすることとなった。
これが本日最後の練習メニュー。とは言っても球場内をフェンスに沿って走る練習らしい。まだ走るのかと呟きたくなる声を腹の中に留めて、練習の説明を聞いた。
まずホームベース後方のフェンスからスタート。ライトポールに向かって走り、今度は外野フェンスに沿ってレフトポールを目指す。レフトポールにタッチして本塁まで戻ってくる。
そして一周毎の時間が決められている。コーチが書いたスコアボードにはこう書かれている。
1:120 6:100
2:115 7:95
3:110 8:100
4:105 9:105
5:100 10:110
全部で十周し、規定タイムをクリアできなかった回数分追加される仕組みらしい。新入生はロードワーク後なのでペナルティは無しとのことだ。
頭の中で素早く計算し始める。この球場は両翼100mなので、大周りで走ってだいたい一周が400mぐらい。7週目の95秒が少し厳しいだろうけれど、陸上部でいつも練習してきた800mのタイムは二分数秒。400mに置き換えれば60秒前後で走り続けてきたのだから、恐らく問題ない
。
最後の練習が始まった。上級生と新入生を合わせ四十人が走り始める。集団で走る時は位置取りが重要なのは身に染みている。なるべく良いポジションを取るために前に出る。と言っても新入生だし練習初日なのであまり出しゃばらず、上級生のすぐ後ろ辺りを走る。一周目は中央付近に位置を取った。
二週目に入り少しペースが速くなる。そしてこのルールの恐ろしい点に気がついた。時間の計測が始まるのは列の先頭がホームベースを回る時に行われる。フェンスに沿って走り、グラウンドの内側を走ることは許されないので、必然的に列は長くなる。すると列の先頭がホームベースを回る時、中央〜最後尾の者はまだ三塁ベースの辺りを走っていることになり、十秒前後不利になる。計測するコーチは勿論そんなことは考慮に入れてくれないだろう。
三週目、四週目、徐々にペースが速くなってきた。先程のロードワークの時もそうだが、今までは口を真一文字に結んだまま開かず、鼻でのみ呼吸をしていた。そうした方が呼吸が乱れにくいからだ。しかし、五週目ついに口を開いた。口で大きく呼吸をしなければついて行けそうにない。新入生の中では先頭だが、上級生の最後尾よりも後ろを走っている。
六週目、七週目、呼吸がかなりつらくなってきたので申し訳ないと思いながらも、上級生を数人抜くことにした。先頭に近い方が有利だし、ペースを上げ下げするよりは多少速めに一定させることの方が楽だからである。後ろから上級生を五人ほど抜かして先頭に近い位置で走る。
その三秒後、二人の上級生に抜き返された。並んで抜かされるとき睨まれた。明らかに目が笑ってない。先輩としては入ってきたばかりの新入生に後れを取るわけにはいかないのだろうな。後ろの上級生を振り返る勇気はない。そのまま八週目、九週目と走り続けた。
最後の一周、思ったより余力がある。今からスパートすれば上級生の大半は抜けると思う。でも、それは止めといた。入部早々睨まれても良くないし、まだ全力を見せなくてもいづれ自分の脚を披露する機会はあると思う。このままのペースで残り一周を無難に乗り切きろう。おっと、後ろを走っている先輩に抜かれた、けれどあえて抜き返すようなことはしないでこのままゴールしよう。上級生にだってプライドはあるからね。
そして、規定タイムにに五秒ほど余裕をもってゴールしてしまった。少しだけ後悔した。本当に申し訳なく思う。自分の背中にまだ二人ほど上級生が残っていたようだ。
「受験勉強しかしてない中学生に負けて、一体何を練習してきたんだ!」
始終をベンチで見ていた監督は怒り心頭である。夕焼け空に轟音と共に三発は雷が落ちた。罰として二人は更に三週とスクワット100回も追加されていた。ストレッチをしながら改めて厳しい世界だと、陸上部で良かったと思った。
・・・続く
★白球、天を衝く 第4球〜ルール〜★
- favorite15 chat2 visibility115
- 事務局に通報しました。
chat コメント 件