伊達正男氏

本日8月30日は伊達正男氏の命日です。🙏(合掌)

 

1911年2月25日〜1992年8月30日

大阪府 市岡中学出身

右投げ、右打、投手、捕手、一塁手

 

伊達氏は捕手として4回全国大会に出場。

肩の強さと天性の打撃センスに長けていた。

 

早稲田大学に進学後は1年生で首位打者を獲得。打率は469と驚異的な数字で、伊達以前に1年生で首位打者を獲った者は居らず実に64年間破られない記録だった。

 

伊達は当時早稲田大学の大エースだった小川正太郎氏が胸病に倒れて監督代行の森茂雄が、早慶戦の先発を欠く窮地に立たされた時、

伊達は自ら志願してマウンドに上がる。

 

それまで早稲田は慶應に屈辱の三連敗をしており、何とでも勝ちたい思いがあったのだ。

 

①第1戦(6月13日)

慶應の水原と投げ合うも1-2で惜敗

 

②第2戦(6月14日)

2-2で迎えた7回三原のホームスチールで早稲田勝越し3-2で辛勝

 

③第3戦(6月15日)

伊達は3日連続神宮のマウンドに立つ。

やはりまた水原との投げ合い、早稲田が4回に一挙に4点をあげ5-4で勝越し勝点を奪った。

 

これが世にも有名『伊達の三連投』として、現在まで語り継がれるのである。

 

伊達正男氏は昭和初期の男気の有る選手であった。

 

☆写真は1931年(昭和6年6月30日)のアサヒスポーツ早慶野球戦號より写真引用しました。

 

 

 

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