瀬戸内少年野球団(兵庫県立洲本高校)

兵庫県立洲本高校初出場、初優勝成る(1953年選抜高校野球大会)

淡路島は兵庫県の南部に有る瀬戸内海の東端に浮かぶ大きな島で有る。気候は一年を通して温暖で過ごしやすく、良質の玉ねぎの産地でも有名で有る。

 

鳴門海峡では観光客には大人気の渦潮の見学もある。

 

島内では各箇所にあるファームや道の駅で新鮮な野菜や果物が購入出来る。

 

そんな淡路島の中心地の洲本市から1953年(昭和28年)洲本高校が第35回選抜高校野球大会へ初出場した。

 

率いる監督は若干23西郷隆盛の青年監督の広瀬吉治監督。

 

広瀬は大阪の浪華商業から法政大学で捕手として野球をやり洲本高校の監督に就任した。

 

そんな洲本高校は篠田正浩監督がメガホンを握った『瀬戸内海少年野球団』を地で行くようなチームだったのかも知れない。

 

チームはエース北口勝啓投手を中心とした守りのチームで有った。

 

二回戦は優勝候補の筆頭の中京商業。

 

北口の投球が冴え渡った。低めのカーブと真っ直ぐで中京商業打線を手玉に取った。終わってみたら三安打で三塁ベースを踏ませなかった。洲本は7回裏2点を奪い2-0で快勝した。

 

準々決勝の豊橋時習館戦は6回裏洲本がバントヒットで取った1点を北口が死守し1-0のまたもや完封勝ち。

 

準決勝はこれまた今大会優勝候補の一角の九州の雄の小倉高校。

 

小倉高校戦は1回から打線が繋がった。長短打で4回まで5点を奪い試合を優位に進めて北口が強力な小倉打線を1点に抑えて5-1と快勝した。

 

さぁ

 

いよいよ決勝戦で有る。

 

相手は片方の山勝ち上がって来た夏の甲子園7回、選抜大会9回過去春夏優勝経験のある浪華商業で有った。

 

洲本の広瀬監督の母校で有る。

 

浪華商業も中下悟→片岡宏雄の超高校級のバッテリーで優勝候補の一角で有った。

 

広瀬監督も

 

対戦しづらかったで有ろうが、しかし勝負に変な感傷、感情は不要。洲本高校は初回から猛攻を掛けた。沖田、加藤、長尾らの連打で早くも2点を先取、2回にいつ1点そして6回にはダメ押しの1点を取った。途中雨も降り45分間の中断は有ったが、エース北口勝啓は

 

集中力を切らさず、柔らかいフォームからシュート、カーブ、真っ直ぐを投げ分け、浪華商業打線に的を絞らせず完封してしまった。

 

何とも見事な初出場初優勝で有った。

 

洲本高校2012年の第84回大会に26年ぶりに選抜大会に21世紀枠として出場したのが最後で有るが、今度は夏の大会を勝ち上がり夏1975年以来51年ぶり2回目甲子園出場を目指して欲しいと思います。

 

☆野球部史 1997年 天成会

☆高校野球甲子園優勝物語(ベースボールマガジン社)

☆名監督列伝(ベースボールマガジン社)

☆毎日グラフ57会夏の高校野球大会号より引用。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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