憎まれ役

ちょっとサッカーSNSの方でも書いたんですけど・・・。

私はけっこう、「危ない!」と感じた時には、
考えるよりも先に体や声が出てしまうタイプのようです^^


道を一人で歩いているちっちゃい子(お母さんははるか後方)の脇を車がすりぬけようとした時に、
子どもの横にガードしていたりとか。

(子どもも親も、まったくの知らない人です^^;)


トイザらスで自転車試乗していた2才半くらいの女の子にぶつけられた時は、
ちゃんとブレーキの位置を教えてあげましたし。

(つか、親はどこだ!)


体力限界でフラフラな子が塀によじ登っているのを見て、注意して、おろしてあげたり。

(おせっかいですけどね)


危ないものは危ない、いけないものはいけない、
それを子どもに伝えていくのは、その子の親に限らず、そこにいる「大人」でいいはずです。

よそのお子さんに、なかなか口うるさく言ってくれる大人も減っている中で、
何で自分は言えるようになったのか・・・。
ちょっと、過去を振り返って考えてみました。




大学の部活の合宿でも、毎日反省ノートと言うものがあった。
ある日、後輩指導の仕方がわからないと悩んでいた私が書いたこんなコメント。

「怒り方がわかりません」

それに対して、OGの先輩がつけて下さったコメントは、こうだった。

「『怒る』と『叱る』はちがいますよ。細かいことですが・・・」


辞書で調べても、「怒る」と「叱る」の違いがわからなかった19才の私・・・。
でも、ちょくちょく思い出しては考えるようになっていた。
何が違うのか・・・。



一つ上の先輩で、自分にも同期にも、もちろん後輩にも厳しい先輩がいた。
一言でいえば、「怖い先輩」

「だって、誰かが言わなくちゃ。他に言う人、いないんだもん」


部活では、「怒り役」と「フォロー役」がいた。
「飴」タイプと「ムチ」タイプ。
もちろん、両方ともするけれど、漠然と、そう分かれていた。


2年の冬・・・先輩が引退して、新幹部学年になった。
幹部に任命された子と、そうじゃない子。
実際に仕事を始める時期が違ったので、ちょっと部に対する温度差があった。

イザコザが起きた。
内部分裂。
今までは、自分が同期の中からは浮いていて、一人オジャマ虫がひっついてる、
10人の輪プラス自分、っていう感じだった同期が、見事に分裂していった。

「どうせ、私が悪者になればいいんでしょ?」と、悲劇のヒロインになり下がった同期を見て、


その役目は、今まで自分だった。
自分が「悪者」になっていたから、自分以外の同期は、まとまっていたんだ。


そう感じた。

それで、なにか、ふっきれた気がした。
自分は、同期に自分も同期だと認めてもらうことが目的なんじゃなくて、
自分がやるべきことをやっていけばいいんだ。



今、自分の子だろうが、よその子だろうが、
言わなきゃいけないと思った時は言うし、危ないと思った時は助ける。

それで、煙たがられても、子どもたちが元気ならいい。
いつの日か、ちゃんとわかってくれればいい。


だって、

「誰かが言わなくちゃいけないんだもん」

「自分が憎まれ役になったって、誰かが子どもたちをフォローすればいいだけのこと」

「怒っているわけじゃなくて、注意しているだけなんだから」




意外に、部活のツライ経験ってのも、役に立つもんですね^^

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