読んでみた〜野球と戦争・日本野球受難小史
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仲本
2010年09月09日 00:38 visibility493
「野球のできる日がまた来たぞ。至急、上京を乞う」
昭和20年10月。東大の学生で元野球部員の山崎喜暉は安田講堂の倉庫の奥にしまいこまれていたグラブやボール、バットを見つけ出し、すぐさま電報を打った―。
『野球と戦争』という本を読んでみた。毎年「戦争」が話題に上る夏場を目前にした刊行だったからこんなタイトルになったのだろうが、実際は昭和のはじめの熱狂ぶりから戦後の野球復活に至るまでの道のりがざっくりと分かるようになっている。豊富な資料を下敷きに、興味深いエピソードが数々出てくる。通勤電車でも読める新書版なのもありがたい。
野球用具が倉庫にしまいこまれていたということは、そうせざるを得ない事態が発生したということだ。社会が「平時」から「戦時」へと姿を変えていく中で、まっ先に甲子園大会が中止とされた。三連覇の夢を追った和歌山・海草中学ナインは茫然とした。岩手・一関中学ナインはグラウンドでいつものように野球部歌を歌い、そして泣いた。いつしか「野球は敵国のスポーツ」「戦時の鍛錬にふさわしくない」、という理屈がまかり通る。愛知・豊橋中学、島根・松江中学…、今も予選皆勤校として名を刻む伝統の野球部も泣く泣く活動を休止。ありったけの野球道具を隠すように倉庫にしまいこんだ。日本全国で野球用具がそうしてひそかに保存された。あるものは残ったが、あるものは空襲ですべて焼けてしまった。
「野球のできる日がまた来たぞ」。なんと喜びに満ちた、重い言葉であることか。食うや食わずの時代であったはずなのに。日本人の「野球熱」の不思議さをまた思い知らされるのだった。
(参考:山室寛之『野球と戦争 日本野球受難小史』/中公新書/2010年)
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