チーム・スタイルの栄光(と挫折)18

  • フジ
    2010年12月07日 22:28 visibility61

2007年9月に行われる練習が、思わぬ形でとりやめになったチーム・スタイルは、来年こそは練習を積み、勝利をもぎ取ろうと決意した。


 


その誓いもあってか、2008年は2回活動し、2回とも練習になった。この年は6回以上の活動を行うはずだったのだが、どういうわけだか2回しか行われなかった。こうなってしまった原因は、いまもって解明されていない(←大げさ)。


 


明けて2009年1月。1年7ヶ月ぶりに試合をすることになった。


 


場所は、私学事業団総合運動場。人工芝のグラウンドで、しかも照明つき。 本格的な球場でメンバーはみなドキドキときめく[d136]。



メンバーといっても、今回は集まりが悪かった。我が軍だけでなく相手チームも人が集まらず、それぞれ7人ずつしかこないという、「アストロ球団」(古!)なみの人数であった[d156]。そのため、守備は相手側から2人をレンタルしあい、審判も手が空いている者が行うという、ある意味で本格的な草野球だった。


 


この人数だと、満塁になるとベンチやネクストバッターズサークルにだれもいなくなり、フォアボール押し出しで三塁から帰ってきた者が守備についたり、審判をやったりと、休む間が無くなる。このような状況が2度ほどあって、まったく死ぬ思いをした。

そんなユル~い空気のなか、試合開始。

相手チームは若手を中心に結構試合数をこなしているというチーム。先発は例によって私(そして例によって完投[d232])。初回から速球を投げ込む。が、敵もさるもの、低目に伸びのある球を投げても、楽々ヒットにしてくる。おそらく、今まで対戦したチームの中で、最もヒットを打ったであろう。キャッチャーも「これは打てないだろうなと(相手を)心配していたが、あれほど打つとは…」とこぼしていた。


 


このチームは、当時参加されていたNさんという方のツテで紹介してもらった。Nさんは向こうのメンバーとして参加する。正直、我がチームにおいてNさんは守備以外ではあまり活躍はされていなかった(少なくともそういう印象が強かった)。


 


 この試合では、筆者からヒットをパカパカ打つわで、「なぜこの打撃をウチのチームでやらないのか」と 思ったものである。


 


Nさんの最終打席。筆者は作戦を変え、覚えたばかりのチェンジアップを投げた。Nさんは、ボールがホームに到達する前にバットを振りあっけなく三振。緩急って大事だなあと痛感したのだった。

我が軍の打撃は、またもや貧打病[d234]にかかり、全くふるわず。自分も1四球、1死球、一塁ゴロ、1三振と、お話しにならないのであった。

結局五回1死で時間切れ。6対1で完敗。13のアウトの内、三振を7つ[d228]とったのは、まだ救いであった。

勝利は遠い…。

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