戦力均衡と完全ウェーバー。

  • DIME
    2007年11月21日 18:27 visibility1599

最初にひとつお詫びしておきたいのですけれど、これまで出来るだけ一度書いたことは書かないようにしてきたつもりですが、昨年同時期と比べても閲覧者数はかなり多くなっていますし、この野球SNSはカテゴリ分けや月別表示が出来ないために過去ログが非常に探しにくいので、今後は同じようなことをまた書くかもしれません。昔からずっと見てきていただいた方からすれば既視感のある内容もあるかと思います、先にお詫びしておきます。

で、本題に入りますが、今回希望枠の無いドラフトが開催されたわけですが、概ね面白かったとか好意的な感想が多いようです。個人的には全くそうは思いませんが。
で、そういう感想に一緒についてくる事が多いのが、「戦力均衡のためにも完全ウェーバーに」とかいう言葉。最初に言っておきます、この言葉は間違いです。

「完全ウェーバーで戦力が均衡になる」という主張が成立するためにはいくつかの前提条件があります。
その中でも一番大きいのが、「ドラフト時点での選手評価が実績と一致すること」、という条件です。この一点だけでも間違いだと示すには十分でしょう。
仮に完全ウェーバー制度を導入したとしましょう。この時実際の戦力差と指名順の差とその時点で指名可能な選手の実力差によって全球団の戦力が均衡になることはありえないのですが、そのあたりはウェーバー制度に限った問題ではないのでここでは無視します。
完全ウェーバーによって達成される戦力均衡とはどういうものでしょうか。正確に言えば“入団時点の”戦力が均等に分配される事を達成しているわけです。
それは本当に戦力均衡といえますか。勿論言えませんよね、だってドラフト指名時点での選手評価が実際のその選手がプロ野球で残す実績とは一致しないのですから。ドラ1が必ず大成しますか、下位指名からは全く優れた選手は出てきませんか、実際はそうではないですよね。
もちろん、それをドラフト時点での球団の目利き次第だからそれはそれで構わないとか言い出す人もいるでしょう。そう思うのは別に構いません、ただその状態はその目利きという存在によって明らかな有意差が出る以上「戦力不均衡」の状態です。
ここでの問題は戦力均衡か不均衡かという問題です。理由が「裏金」だろうが「目利き」だろうが戦力均衡への影響という点では一緒です。裏金はダメで目利きは良いというのはキレイな核だからOKで汚い核だからNGと言っているにすぎません。
また、その目利きというのは実際に検証が可能なものでは有りません、「目利き」の実態とは何かわかりえないわけです。
週間ベースボール紙上で連載されている清武巨人球団代表のコラムから抜粋すれば
球界の七不思議のひとつに、西武ライオンズスカウトたちの「眼力」というのがあった。
「西武のスカウトたちはビデオに頼らない。球場にやってくると、バックネット裏にでんと構えて、アマチュア選手の動きを目に焼き付けている。眼力があるからビデオを使う必要が無いのだ」というような話である。
もっとも、他球団のスカウトたちは、その眼力の正体が良く分かっていて、西武の裏金問題が発覚すると、「やっぱりね」と頷きあったものだった
それが嘘か真かは別として、そういう実際に検証することの出来ない「目利き」によって有意差が出てくるとすればその「目利き」が本当に球団の正当な努力の結果なのかそれとも違うものなのかを証明することができません。
それでなくてもイエロージャーナリズムの攻撃になりやすい(醜聞ばかりをマスコミが好んで取り上げ、ムック等を作る事にかけては野球に比肩するものはないでしょう、もっとも一番悪いのはそれを喜んで読んで事実であるかのように思い込む読者ですが)プロ野球ですから、そんな状態ではドラフトの正常化など望むべくも有りません。
以上から完全ウェーバーを導入した状態はそれのみでは戦力均衡となりえない事はお分かりいただけるかと思います。「完全ウェーバーにすれば戦力が均衡する」という言葉には実はなんら論理的つながりを持たないわけです。


では、結局、戦力均衡を達成するには何が必要なのか。現在、リーグ内において最も戦力均衡がなされているモデルとしてあげられるのはやはりNFLでしょうから、それを例にとって考えて見ます。
彼らの場合、どうやって戦力均衡を達成しているのか。もちろんドラフトを主な理由として達成しているのでは有りません。「FA」と「収益均衡」によって戦力均衡は達成されています。
NFLにおいてはちょっと制度が複雑なので単純化して説明しますが、ドラフト後、基本的に3年長くても4年在籍すれば全ての選手にFA権が発生します、一部の選手に限っては他球団より高い金銭評価をするという前提で残留を求め続けることが出来ますが、ほとんどの選手はオフシーズンにいろんな球団に移っていきます。
そのようにFAによってほとんど全ての選手の獲得が自由競争になることで、選手の実力がほぼそのまま選手年俸に比例することとなり、結果的に球団の人件費と戦力がほぼ近似することとなります。
そこで大事になってくるのがもう1つの収益均衡です。サラリーキャップや収益分配制度によって各チームが選手に対して支払う「人件費」が一定の枠内に収まるようになります。人件費が均衡してくることで自然に戦力が均衡していきます。
そして実質的にドラフトが形骸化します、何処に入ったとしても主力となる時期にはFAとなっているわけですから。最初の言葉と関連付けて言えば「ドラフト時点での選手評価が実績と一致しなくても、FAによって主力となる時期の実績のまま各球団に再分配されることとなるので問題ない」ということです。
そういう意味で言えば戦力均衡とドラフトはほとんど無関係といえます。

ただし、NFLのような収益分配制度は実際にはNPBに導入するのは難しいです。その理由は長くなりますのでこちらの日記をご参照ください。論旨だけ言えば、収入の多くを均等配分する形で現在成功しているのは、NFLやMLSなど現行リーグ成立時点からリーグが1つの企業であるという意思の元でスタートしているリーグだけだからです。出来たとしてもMLBのようなゆるい収益分配制度がせいぜいでしょう。

戦力均衡というものを本当に達成しようとするのであれば、完全ウェーバーではなく、FAの短縮と収益分配を持って議論とするべきです。
FAの短縮によって主力選手がほぼ全てFAによって各球団に毎年分配される事が達成できれば、各球団の資金力によって差はつきますがその資金力に対して戦力は比例します。これは資金力に対して平等であるといえます。それと同時に資金力を均等にするように施策を取れば、戦力は自然に均衡します。
ただし、その方向性は、前述のように収益分配制度を日本プロ野球に導入するのが非常に困難であるため非現実的です。
むしろ、戦力不均衡であっても発展しているリーグはヨーロッパのスポーツリーグのように実例は幾らでも有りますから、戦力均衡のみがプロ野球の進む道であるという前提で議論となっているような昨今の風潮を改め本当にプロ野球が進むべき方向は何処なのかを広く考えるべきです。

また、それらを行わないにもかかわらずドラフトだけを完全ウェーバーとすると逆にドラフトの結果がチームの優劣に占める割合が大きくなり、同時に試行回数が少ない(=選択する選手の数が少ない)為に偏在が発生しやすくなり、結果として戦力不均衡になりやすくなります。
戦力均衡と完全ウェーバーは、上記にあげたような条件が達成されていない条件下=現在のNPBの制度下ではむしろ逆に働く、つまり今の日本プロ野球に完全ウェーバーを導入するとむしろ戦力不均衡を招くのです。
しかもその戦力不均衡は、球団の営業努力や獲得競争によってではなく、全ては自分の指名順のときに誰を指名できるかという運によって決まってきます。
その結果、社会主義の末路のように、努力をしない方が結果として最も大きな収益を上げることとなりますから、プロ野球は停滞、或いは崩壊を免れません。
また、そのようにドラフトの結果がチームの優劣に占める割合が大きくなることは、それだけドラフトにおいて不正を行うことがもたらすメリットが大きくなることと同義です。それは即ちドラフトにおける不正、つまり裏金や囲い込みを発生させる可能性を増大させる事にもなってくるということです。

現在の日本プロ野球において完全ウェーバーを導入することによるメリットは全くといっていいほど有りません。敢えて言うとすれば、論理的思考の出来ない一部のマスコミの刷り込みによって誤解しているファンの多くが喜ぶぐらいでしょうか(笑)。

現在の世間では、「収益分配は賛成、完全ウェーバーも賛成、だけどFAの短縮は反対、球界の開放化には賛成」などのようにそれらが相反する目的を持っているにもかかわらず、それに気づかずに平気で矛盾した主張をしている人が多すぎます。
収益分配と完全ウェーバーをするならFAの短縮もやっておかないと戦力均衡は達成できませんし、収益分配をするのであれば新球団への参入障壁は高くなければいけません。
逆に「一度入団した選手がその球団で最後を全うするのが望ましい」と思うのであれば、ドラフトとの相性は最悪ですし、収益分配制度とも相性は悪いでしょう。

例えば、FAも短縮し、収益分配も行って戦力均衡する事をプロ野球が目指すというのであれば、ビジネスモデルとして大きな破綻が無いので別に反対はしません。
ただ私はそうなってしまったら、そんなプロ野球が果たして面白いのかどうかがそもそも疑問です。少なくとも私は全く面白みを感じない。
NFLを見るのは大好きでよく見ているのですがやはり見ていて思うのは自分が特定チームのファンでは無いからこそ楽しめるのだなということ。
もしNFLに置き換えて考えてみると、自分がどれだけ応援してその結果球団にお金がどれだけ入ったとしてもそれが球団が強くなることにはあんまり繋がらないわけです。もちろんNFLでも、ちょっとは繋がってはきますが、他の要因を超えてその球団が強豪となり続けていられるほどの影響は出せません。
言ってしまえば、悪い方向に進んだとすれば、10年ちょっとぐらい前の某関西球団のようになるわけです。自分が応援することがチームの強さにあらわれないのだとすれば、正直興味は大きく減ってしまい、野球そのものを楽しむ以上の興味を見出すことはできなくなるでしょう、実際私がNFLを見ているのもただただアメフトというスポーツが面白いからだけですし。
もう1つの理由としては、私は各球団がお金を得る努力をしてそのお金をチームの強化にしっかり使用して、その努力の差として戦力差があらわれる、それがプロスポーツのあるべき姿だと思うからです。
Jリーグなどでは実際にそうですよね、弱かった浦和が観客動員が多いことで球団の収益が上がりそれを使って潤沢な戦力補強をして、他チームから優れた選手をどんどん引き抜いてより強くなっていく、そういう流れがあってこそやっぱりファンとしては応援のしがいがあると思います。
プロ野球もそうあって欲しいですし、そういう意味で一番ファンの努力を還元してくれる球団が巨人だからこそ巨人のファンなわけです。

最後に関連した過去の日記へのリンクを張っておきます。興味のある方はどうぞ。
 MLBのウェーバー制は既に崩壊している。
 【NPB】 大学・社会人ドラフト ドラフト制度について
 【NPB】 MLBとNFLの収益分配制度
 NPBが目指すべき形 ドラフトと閉鎖型モデル(その3)
 その3補足 ドラフト制度について
 辟易するわぁ 

-------------------------------------
人気blogランキング>[Category:野球]
-------------------------------------

chat コメント 

コメントをもっと見る

通報するとLaBOLA事務局に報告されます。
全ての通報に対応できるとは限りませんので、予めご了承ください。

  • 事務局に通報しました。