☆奈良の難読伝統校~畝傍高校~
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鶴丸 深志’
2017年10月01日 09:47 visibility3932
奈良県のほぼ中央に位置し、人口約124,000人と奈良市に次ぐ県内第二の都市で 、東は桜井市、西は大和高田市、南は高取町・明日香村、北は田原本町と接し、市内の中央部には飛鳥川、西には曽我川が流れ、万葉の時代を偲ばせる大和三山がそびえ、その中央には約1300年前にわが国初の首都であった藤原宮跡、その他、歴史的文化遺産が点在し千年の歴史が見え隠れする橿原市に、畝傍高校がある。
畝傍高校は1896年(明治29年)に奈良県尋常中学校畝傍分校として創立された、一世紀を優に超える歴史と伝統を誇る県内有数の進学校である。また、全国の難読校のひとつでもある。
野球部は1898年(明治31年)に創部され、県内では郡山高校に次ぐ歴史を有する。
夏の全国大会予選には、奈良師範、郡山中(郡山)、宇陀中(大宇陀)、五條中(五條)に次いで、1930年(昭和5年)の第16回大会予選(紀和大会)に初参加し、結果は和歌山の箕島商(箕島)に 1 - 16 と大敗であった。
夏の予選初勝利は、1939(昭和14年)の第25回大会予選(紀和大会)で、奈良商(奈良朱雀)に 9 - 5 で勝利した。
夏の予選初の決勝進出は、1941年(昭和16年)の第27回大会予選(紀和大会・和歌山は予選未実施)で、五條中に 8 - 3 で勝利し優勝を飾った。しかし、戦局悪化により全国大会は中止となり、幻の甲子園となってしまった。その後、1981年(昭和56年)第63回大会予選と2012年(平成24年)第94回大会予選に決勝進出したが、奈良の私学2強である智弁学園と天理にそれぞれ敗退し、あと一歩のところで甲子園の切符を逃している。
ここ10年の夏の大会戦績をみても、準優勝1回、ベスト4進出4回と立派な成績である。また、2008年(平成20年)の第80回センバツ大会での21世紀枠近畿地区推薦校に選出されたのも記憶に新しい。
今秋の奈良大会でベスト8に進出している畝傍高校であるが、いつの日か、甲子園出場を果たして貰いたい伝統校のひとつである。
以上です。
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